《私は歌舞伎役者・七世中村芝翫の次女として生まれました。父はもちろんのこと、母やまわりの誰もが、“今度こそ、きっと男の子を”と待ち望んでいたでしょうに、周囲の期待を裏切って、この世に産声を上げてしまったのです。
「なんだ、また女の子?」
「残念でしたね」
「ごしゅうしょうさま」
「がっかりしないで」
お祝いに駆けつけてくれた方の第一声です。》
中村勘三郎さん(享年57)の妻・波野好江さんは、自伝『三人桃太郎』の冒頭にそう綴っていた。生まれたその瞬間から、歌舞伎界の女性たちの人生は平坦ではない。女優として高い評価を受ける松たか子(40才)は、高麗屋という名門で産声をあげた。
「幼少の松さんのいちばんの遊びは“歌舞伎ごっこ”。父・松本白鸚さんに連れられ、兄の幸四郎さんといつも歌舞伎座に足を運んでいました。幼稚園に入る前には雑誌『演劇界』をボロボロになるまで何度も読み、ほとんどの演目の名台詞を諳そらんじられるほどだったそうです」(歌舞伎関係者)
常に周囲が「芝居」で満たされていたことは、のちに日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得する松にとっては最高の環境だったのかもしれない。だが、その代償に松の人生からは「普通の幼少期」がすっぽりと抜け落ちている。
《私には、家族一緒に朝御飯を食べた記憶もない。運動会に来てくれる父の姿も知らない。家にはお手伝いさんがいたので、母の作ったお弁当を食べたこともない》(『文藝春秋』1997年2月号)
歌舞伎の名門に生まれたことは、松が芝居の世界に身を投じる上でも大きな障壁になる。
「芝居への憧れがある一方、“名門の娘”とキャッチフレーズのように言われることに違和感を覚えていたそうです。一時は、それから逃れたくてピアニストの道に進もうとしたこともあったそうです」(前出・歌舞伎関係者)
※女性セブン2018年3月1日号