本連載ではこれまでケネディ、サッチャーと世界を動かした政治家の言葉を取り上げてきた。だが、世界を動かすのは政治家だけではない。偉大なスポーツ選手もまた、経験に裏打ちされた言葉を通じて、世界を、人々の心を動かすのだ。
今回は落合信彦氏が、音速の貴公子と呼ばれ、伝説として語り継がれる天才F1ドライバー、アイルトン・セナの言葉を紹介する。落合氏は1991年8月、ハンガリー・グランプリ直前にハンガロリンク・サーキットの中で、1時間半に及ぶインタビューを行った。
* * *
彼は気持ち良いほど一貫して「努力」を訴えた。31歳の若者の言葉である。今、こんなことを説得力を持って語れるアスリートがいるだろうか。そういえば、インタビューの途中、彼が「若い私がこんなことを言うのは生意気だろうか」と漏らしたのが印象的だった。そんなことはない、あなたにはそれを言う資格がある、と私は言った。年齢ではなく実績がものを言うのだからと。
厳格な心構えを語るセナの表情は終始柔らかく、態度は温和で紳士だった。真の強者が持つ、優しさ、余裕を見た。セナも同じ人間だ。順風満帆のように見えて、当たり前のことだが、失敗もあった。だが、彼は常にポジティヴだった。
「挫折や悲しみがあるからこそ幸せも感じられるのだ。挫折や苦難なしの人生など退屈きわまりないものではないか。ごまかしの道を拒否して真剣に生きてる者なら誰しも挫折を感じるはずだ。(中略)
自分の考えや信条を持たず、困難や挫折から目をそらし、毎日をいいかげんに生きている人間ほど哀れなものはない。このごく限られた地上での期間を無駄にしてしまっているのだからね。神はそんな人間を創ったおぼえはないと言うだろう」