国内

嗅覚が衰えた母 肉の腐敗臭や犬の糞尿臭に気づかなくなる

嗅覚が鈍くなった認知症の母のエピソード(写真/アフロ)

 認知症の母(83才)の介護を担うことになった一人娘のN記者(52才)。母の嗅覚の衰えが認知症の始まりだったかもしれないと振り返る。

 * * *
 今思えば、あれが母の異変の始まりだったかもしれない。

 2011年頃、生前の父と母が仲よく暮らすマンションに遊びに行ってトイレを借りた時だ。ドアを開けると後ずさりするほど強烈なハッカの香り。用を足す間に目が痛くなるような強さだった。

 当時、夏の虫よけや消臭などのグッズとしてハッカ油が流行り始めてはいたが、母は消臭剤の類を好む人ではなく、ふと違和感を覚えたのだ。でも、そんなことに気を留めている余裕はなかった。

 当時、冷蔵庫には大量の賞味期限切れの肉が詰め込まれ、家の中では暴れて汚し放題の愛犬を持て余し、時には父と母どちらかが行方不明になるという騒ぎを起こしていた。うすうす“認知症”という言葉は浮かんでいたが、私にはまだ解決に乗り出す勇気と余裕がなかった。命にかかわらなければと、まさに臭いものに蓋。

「この肉、腐っているじゃない。なんでわからないの?」「腐ってないわよ! まだ食べられる。うちの肉よ!」と、肉のパックを母と取り合いながら、罵り合うだけだった。

 今思えば、母たちはにおいを感じにくくなっていたのだ。なぜ肉の腐敗臭に気づかないのか、なぜ犬のふん尿臭が漂う部屋で普通に暮らせるのか。そして強すぎるあのトイレのハッカの香りも、嗅覚の衰えだと考えれば腑に落ちる。

 しかしあの頃は、ただただ親の老化にがっかりし、腹を立て、悲しくなるだけで、策を講じるには及ばなかった。

 2014年、母がサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に転居し、認知症の症状も一時より落ち着くと、改めて嗅覚問題が気になりだした。

 母の気分を上げようと出かけた3月の梅見。花を見るために出かけることなどそれまでの私の生活にはなかったので、梅林の壮観、春を感じさせる暖かな風と梅花の甘い香りに、私の方がウキウキした。

「梅って香りがあるんだね!初めてだよ、い~いにおい」と興奮気味に母を見ると、「あら、そう? 枝の形はおもしろいわね」と、気を使って話を合わせているのが見え見え。もしかして香りがわからない…?

 そして決定打はデパートで。

「やっぱり女はデパートに来ると興奮するわね!」と母。

 私も母も、好きな生活雑貨のコーナーに吸い寄せられた。ところが、ルームフレグランスの美しいガラス瓶を思わず手に取った母が、瓶を鼻に近づけると急に表情が曇った。

「変ね、何もにおわない」

 ああやっぱり…。こうして少しずつ喜びが減っていくのだな。目に見えないところに忍び寄る衰えに絶句した。がっかりしながらラーメン店に入った。デパート帰りのラーメンは、私の子供の頃からの定番コースだ。

 母の好物は昔ながらの東京風しょうゆラーメンだ。チャーシューとメンマが入ったラーメンが目の前に置かれると、母はうれしそうに顔を寄せた。

「あ~いいにおい! おいしそうね~。ラーメン大好き」

母らしい笑顔が戻っていた。人の体は実に不思議だ。

※女性セブン2018年3月8日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

「複数の刺し傷があった」被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバムと、手柄さんが見つかった自宅マンション
「ダンスをやっていて活発な人気者」「男の子にも好かれていたんじゃないかな」手柄玲奈さん(15)刺殺で同級生が涙の証言【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
大阪・関西万博が開幕し、来場者でにぎわう会場(時事通信フォト)
「日本人は並ぶことに生きがいを感じている…」大阪・関西万博が開幕するも米国の掲示板サイトで辛辣コメント…訪日観光客に聞いた“万博に行かない理由”
NEWSポストセブン
ファンから心配の声が相次ぐジャスティン・ビーバー(dpa/時事通信フォト)
《ハイ状態では…?》ジャスティン・ビーバー(31)が投稿した家を燃やすアニメ動画で騒然、激変ビジュアルや相次ぐ“奇行”に心配する声続出
NEWSポストセブン
NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」で初の朝ドラ出演を果たしたソニン(時事通信フォト)
《朝ドラ初出演のソニン(42)》「毎日涙と鼻血が…」裸エプロンCDジャケットと陵辱される女子高生役を経て再ブレイクを果たした“並々ならぬプロ意識”と“ハチキン根性”
NEWSポストセブン
4月14日夜、さいたま市桜区のマンションで女子高校生の手柄玲奈さん(15)が刺殺された
「血だらけで逃げようとしたのか…」手柄玲奈さん(15)刺殺現場に残っていた“1キロ以上続く血痕”と住民が聞いた「この辺りで聞いたことのない声」【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
山口組も大谷のプレーに関心を寄せているようだ(司組長の写真は時事通信)
〈山口組が大谷翔平を「日本人の誇り」と称賛〉機関紙で見せた司忍組長の「銀色着物姿」 83歳のお祝いに届いた大量の胡蝶蘭
NEWSポストセブン
20年ぶりの万博で”桜”のリンクコーデを披露された天皇皇后両陛下(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
皇后雅子さまが大阪・関西万博の開幕日にご登場 20年ぶりの万博で見せられた晴れやかな笑顔と”桜”のリンクコーデ
NEWSポストセブン
朝ドラ『あんぱん』に出演中の竹野内豊
【朝ドラ『あんぱん』でも好演】時代に合わせてアップデートする竹野内豊、癒しと信頼を感じさせ、好感度も信頼度もバツグン
女性セブン
中居正広氏の兄が複雑な胸の内を明かした
《実兄が夜空の下で独白》騒動後に中居正広氏が送った“2言だけのメール文面”と、性暴力が認定された弟への“揺るぎない信頼”「趣味が合うんだよね、ヤンキーに憧れた世代だから」
NEWSポストセブン
高校時代の広末涼子。歌手デビューした年に紅白出場(1997年撮影)
《事故直前にヒロスエでーす》広末涼子さんに見られた“奇行”にフィフィが感じる「当時の“芸能界”という異常な環境」「世間から要請されたプレッシャー」
NEWSポストセブン
天皇皇后両陛下は秋篠宮ご夫妻とともに会場内を視察された(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
《藤原紀香が出迎え》皇后雅子さま、大阪・関西万博をご視察 “アクティブ”イメージのブルーグレーのパンツススーツ姿 
NEWSポストセブン
2024年末に第一子妊娠を発表した真美子さんと大谷
《大谷翔平の遠征中に…》目撃された真美子さん「ゆったり服」「愛犬とポルシェでお出かけ」近況 有力視される産院の「超豪華サービス」
NEWSポストセブン