【書評】『人工知能革命の真実 シンギュラリティの世界』/中島秀之、ドミニク・チェン・著/WAC/920円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
まだ高度成長が始まらない昭和三十年代に戻りたいと思っている。そんな人間にでも、もっと遅くに生まれてきたかったと、早く生まれ過ぎたことを後悔(?)させる力が本書にはある。
東大特任教授と早大准教授、親子ほど年の違うAI(人工知能)、情報学の研究者が時代遅れの文系人間にもわかるように語ってくれた近未来が『人工知能革命の真実』である。二人の科学者の雑談トークを読み流しているうちに、自分がIT弱者であることを忘れてしまい、人間とAIが共存する愉しい世界が開けてくる。
話題は多岐にわたっている。将棋AIに育てられた藤井聡太クン世代、課題が実は山積みの自動運転、不必要になる国会議員、操作も人間がやらないですむ兵器、自分の死後を体験するシステム等々。セックスロボットの出現で性産業は衰退していくといった話も。
倍々に進化するテクノロジーによって、人の寿命は百二十歳まで延びる。それを社会保障制度の重荷ととらえるか、それとも新しい生き方の可能性ととらえるか。二人は徹底して後者の側に立つ。
日本はAI後進国だが、アプリケーション(応用ソフトウェア)で対抗すればいい。百二十歳まで生きるのなら、「どういう人生を送りたいのか」を明確にすればいい。AIはあくまでも人間にとっての便利な道具に過ぎない。AIが代行してくれて生じた「時間」をどう有効に使うか。自分の好奇心を満たせる時間がたっぷり与えられるというのだ。
現時点の問題点はむしろ日本の社会と制度にある。中島先生によれば、「日本社会に変化速度の認識がほぼ皆無」で、官と財に、「AIを含む情報技術に関する正しい土地勘」がない。その「土地勘」を誰にでも与えてくれるのが本書である。
人間とは何か。弁護士と検事は不要になっても、裁判官は残る。手術はAI機械がやっても、町医者は必要だ。「人類のネクストステージ」の様々なイメージは、今を見直す良き手がかりでもある。
※週刊ポスト2018年3月9日号