【書評】山田詠美『吉祥寺デイズ うまうま食べもの・うしうしゴシップ』/小学館/1350円+税
【評者】「BOOKSルーエ」書店員・花本武(1977年生まれ。書店員歴13年。担当ジャンルは雑誌)
山田詠美さんが芥川賞ではなく、直木賞受賞者であることをよく失念する。純文学の王道を歩んでいる印象があるからだ。小説について純文学であるか、エンターテインメントであるのか取り沙汰されることがある。そのような議論が不毛な場合もある。山田さんの小説がそう。ジャンルを超越してひたすら良質な仕事をされている。
そんな文学の守護者にもう一つの顔がある。ポンちゃんの愛称で親しまれるエッセイスト、山田詠美は表情をガラリと変える。奔放な筆致で読者を存分に愉しませるエンターテイナーと化すのだ。でも愉しいだけでおわらないところがこの作家のおそろしいところ。
『吉祥寺デイズ』は女性セブンでの連載をまとめたポンちゃんサイドの仕事。作家の周辺でまき起こるよしなしごとが軽快に綴られる。
なかでも食にまつわる歓びを描く際のノリようが素晴らしい。バターをぬっただけのトーストが異様なまでに美味しそうに感じられてしまう筆の力におどろく。先に「歓びを描く」と表現したが「悦び」でもいいのかもしれない。様々な小説内での食と官能が入り交じる恋愛描写をおもいおこしたりもする。そしてやたらにホッピーを呑みたくなる。
読みどころがたくさんある。芸能人のゴシップを斜めに眺める批評眼もそう。そこに嘲りの色はなくて、日々を愉快に過ごさせてくれるネタへの愛着をも感じさせる。世間がけしからぬことだ、と叱りたくなるようなことに、ほんとにそうなのか? と立ち止まらせる力があるようにおもう。当人はただ率直におもうところを書いているだけなのかもしれないけど、その時評は鋭い。そして「言葉」への感受性はさらに鋭く、誤用には手厳しい。プロに対して言うまでもないことだが。
この本の魅力を引き立てる、助演男優賞ものの人物がいる。山田さんの夫、その方。さまざまな料理のレパートリーを持つとおぼしき妻を持ちながら、好物がカレー。要所々々で読者をズッコけさせ、和ませたりする(時にラッパーにもなる!)。実に素敵な夫婦関係が垣間見える。傑作『無銭優雅』の実践版として読むことで、おもしろさがさらに広がるかもしれない。
突然ですが告知です。本書刊行を記念して勤務先のBOOKSルーエにて山田さんのサイン会を行います。個人的な話ですが、私は『ぼくは勉強ができない』『風味絶佳』などの作品に多大な影響を受けました。その著者と仕事で関われることが幸福でなりません。
【告知】
単行本発売を記念して3月17日午後1時より吉祥寺「BOOKSルーエ」にて山田詠美さんのサイン会を開催! 詳しくは下記の書店HPをご覧ください。
http://www.books-ruhe.co.jp/
※女性セブン2018年3月22日号