グラビア写真界の第一人者、渡辺達生氏(69)が還暦を迎えてから力を注いでいるのが、“人生最期の写真を笑顔で撮ろう”とのコンセプトで立ち上げた『寿影』プロジェクトだ。『寿影』とは、渡辺氏による造語で、商標登録されている。葬儀で使用される『遺影』の“遺”の文字には暗くて辛気臭いイメージがあると感じていた渡辺氏は、代わりにこれまでの人生を祝う意味を込めて、美しい響きを持つ“寿”を選んで命名した。
渡辺氏は、自然な笑顔を引き出すべく、撮影する人に「一品」を持ってきてもらって、それにまつわるエピソードを聞きながら撮影する。綾小路きみまろ氏が持ってきたのはカセットテープだった。
今やカセットテープは過去の遺物。だがしかし、綾小路氏の胸ポケットから覗く1本は、人生後半を拓いた大いなる遺産だ。
夜行列車で上京した青年はキャバレーで話術を磨き、司会業で世渡りするも、いつか漫談で脚光を浴びたいと夢見ていた。
その願いを現実とするために講じた策は、自作漫談を吹き込んだカセットテープを高速道路のサービスエリアで観光バスに無料配布したこと。中高年が抱く人生の悲哀をユーモラスに語る毒舌漫談は見事大当たり。
「絶対に自分の笑いをわかってくれる人がいると、変な自信があった。すべての条件が揃って宇宙に上がっていくスペースシャトルのような感覚だったよ」
年間100ステージをこなすが、心臓が止まるまで生涯現役続行。段ボール箱5つ分あるネタ帳は分身。「お棺に入れて一緒にこの世を去りたい」と語る。
「生まれ変わるならハンサムがいい。カツラじゃなくて、髪の毛フサフサで一生を終えたいね」
●あやのこうじ・きみまろ/1950年、鹿児島県生まれ。新聞販売店やキャバレーで働きながら、拓殖大学を卒業。漫談家でデビューし長く有名演歌歌手の司会業に携わる。50歳過ぎて中高年をテーマにした独自の漫談スタイルで人気に。
◆撮影/渡辺達生、取材・文/スペースリーブ
※週刊ポスト2018年3月16日号