【著者に訊け】小川洋子さん/『口笛の上手な白雪姫』/幻冬舎/1620円
【本の内容】
吃音の少年とお婆さんとの交流を描いた「先回りのローバ」。出産祝いのよだれかけを縫い続けるりこさんを描いた「亡き王女のための刺繍」。世の中のかわいそうなことをノートに記録する少年の心情を描いた「かわいそうなこと」など全8篇。密やかで親密で、そして壊れやすい関係性が胸に迫る。
かけがえのない相手との懐かしい記憶、必ずしも言葉に依らないやりとりを描いた短篇集である。読むうちに、子どものころのぼんやりとした記憶が不意によみがえってくるようだ。
「私自身は、自分が子どもだったころのことはまったく忘れてるんですけど、小説の中にいる子どもの声だったら聞こえるんですね。小説を書くときに研ぎ澄ませているのは、私の場合は聴覚かな、と思います」
表題作では、公衆浴場にいる小母さんが赤ん坊を落ち着かせるために吹く「口笛」が、言葉に代わるものである。「一つの歌を分け合う」ではミュージカルの歌。「乳歯」では、外国で迷子になった少年が、聖堂の柱の「浮彫の人々」と無言の会話をかわしている。
音や声が全体を貫いているが、あらかじめ何かテーマを考えて書き始めるわけではないという。
「雑誌に連載しながら、自分自身でも気づくんですね。今回は、子どもが出てくる話だな、とか。あるいは辞書に載ってるようなちゃんとした言葉ではない、言葉以外の何かでわかりあっている、そういう関係を書こうとしているんだな、と。こうして本にしてみると、私が作為的にそうするのではなく、作品同士が自然に結びついている気がします」
書くときは、キーボードを叩く時間より、ぼんやり考えている時間がずっと長いそうだ。
「小説が一番書かなきゃいけないことって、言葉になっていないところまで下りていかないと見えないんじゃないかと思うんです。たとえば、恋人でも夫婦でも親子でも、本当に親しい間柄の人たちの会話を観察したら、きっと大したことは喋ってないはず(笑い)。言葉への不信感も持ちつつ、その不自由な言葉で書いている。そこに矛盾があるからこそ、意味を超えたものを表現できるのかな、と思いながら」
作家とその熱烈な愛読者との関係を描く「仮名の作家」はやや異色で、その熱烈ぶりが少し怖くなるが、小川さん自身は、「怖い、という気持ちではなくて、自分の書いた小説も、たった一人のものになって、こんな風に読まれたい」と言う。
■撮影/五十嵐美弥、取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2018年3月22日号