「応援したいと思って、遊びに来ました。草津はもう5回目くらい。ただ、前回来たときよりも、人は少ないかな」(神奈川県在住・40代・主婦)
「“あのポスター”を見て、そういえば草津行きたいねって。それで来たんです」(東京都在住・20代・学生)
冷たい風が硫黄の香りを運んでくる、群馬県の草津温泉。雪山を背景に街をそぞろ歩く観光客は、例年に比べると少ないようにも感じられるが、街はどこか活気を帯びている。
1月23日、同県草津町の草津白根山で噴火が発生した。噴石は近くの草津国際スキー場にも降り注ぎ、訓練中だった陸上自衛官1名が死亡し、観光客を含めて11名の負傷者が出た。噴火警戒レベルは入山規制の3に引き上げられ、普段なら観光客で賑わう草津の中心街も静まりかえった。旅館の店主は曇った表情でこう話す。
「1~2月は、キャンセル続き。4月に予定されていた自転車レース『ツール.ド.草津』も中止でがっかりだよ。でも、ここへきて少し宿泊客が戻ってきたかな…」
終始うつむき加減で話していたが、記者が“あのポスター”について尋ねると、表情が変わった。
「もちろん知ってるよ。旅館関係者で知らない人はいないんじゃない? 本当に感謝してるよ、嬉しいよ」
冒頭の観光客も話していた“あのポスター”とは、西日本新聞・九州エリア版の2月16日朝刊に掲載された広告のことだ。
〈今は、別府行くより、草津行こうぜ。〉
そんな文字と共に、草津温泉名物の「湯もみ」が大きく掲載されている。広告主は大分県別府市。同様の内容は別府温泉の公式サイトにも載せられた。なぜ、温泉地としてライバル関係にある別府が草津への旅を呼びかけるのか。
別府市役所観光課ブランド推進係の久保田道猛さんの答えは明解だった。
「噴火を知って、かつて同じ境遇を味わった身として、何かできないか考えたのです」
別府温泉は、2016年4月14日に発生した熊本地震の風評被害で大きな被害を受けた。市の旅館ホテル組合連合会によると、地震発生直後の8日間で発生したキャンセルによる損失は23億円を超えたという。
その余波はゴールデンウイークにも及び、同期間中の宿泊者数は前年比で33%以上減った。
「別府が熊本地震で受けた被害はかなりのものだったので“通常通り営業しています”ということを伝えたくて、PR動画を作ってネットで公開したんです。すると、全国のかたが応援してくれて、遠方からのお客さんも戻ってきてくれました。結果、年末年始の7日間は、前年比1%増にまでなりました」(久保田さん)
その際、別府と草津との間には大きな絆が生まれていた。
「全国から別府を応援してくれた人に感謝の気持ちを込めて2017年4月から『別府温泉の恩返し』として、全国に別府温泉のお湯を届け、入浴してもらうという企画を行いました。お湯はトラックで運ぶのですが、帰りはタンクが空になりますよね。そこで、別府が草津に『空になったタンクに草津の湯を入れて持ち帰り、別府市民に入ってもらいたい』と打診したところ、快諾してもらえました」(久保田さん)
草津の湯は酸性度が高く運搬が難しいこともあり、長年、“門外不出”とされてきたが、特別に持ち出された草津の湯は、別府市民に貴重な体験の機会をもたらした。
「それもあって、『困っている草津のために今度はこちらが何かできないか』と観光課で話し合いました。最終的に、あのフレーズにゴーサインを出したのは、市長です」(久保田さん)
一部、別府市民の中からは「別府にもそんな余裕はないのでは」という声も聞かれたそうだが、賞賛の声が上回った。
「わがふるさとはなんてカッコいいんだと、見直しました。あのときの恩返しもできて、私たちも嬉しいです」(別府市在住の40代女性)
温泉界では、別府は西の横綱、草津は東の横綱とされ、長らくライバル関係だった。かつて、別府を擁する大分が「おんせん県」を商標登録しようとした際には、草津のある群馬の知事が待ったをかけたことも。しかし、それは過去のこと。草津町役場温泉課の中澤好一さんは話す。
「昨年草津町の関係者で別府に視察に行きました。今回の広告についても、公になる前に、別府市長から草津町長へ応援文をいただき、その際に、広告の連絡もいただきました」
困ったときはお互い様。その言葉どおりの心遣いが、今、日本屈指の温泉地を結んだのだ。
※女性セブン2018年3月29日・4月5日号