高齢者にとって転倒は“命とり”とされている。介護度が高くなる因子の1つで命にもかかわるからだ。とはいえ、できるだけ活動的に生活を楽しんでこそ健康長寿だ。だからこそ家族は、転倒しやすい高齢の親の体やリスク、日常でできる対策をしっかり知っておく必要がある。そこで転倒予防の第一人者、日本転倒予防学会理事長の武藤芳照さんに聞いた。
「2本の足で立って歩く人間にとって、転倒はある種、宿命といえます。ただ、四足歩行の動物でも老いて体機能が低下すると、転んだり、転落したりすることがあります」
転倒というと脚ばかりに着目してしまうが、高齢者の場合は、もっと体全体の状態に目を向けるべきだ、と武藤さんは話す。
「“老化は脚から”といわれるように、もちろん脚の筋力の低下は転倒の大きな要因の1つです。しかしそれだけではありません。たとえば若いときには、障害物や足元の状態を目視や足裏の感覚でとらえ、体が倒れかけても平衡感覚と筋力で体勢を立て直すことができます。
それが高齢になると視覚が衰えて足元の遠近感、色のコントラストがとらえにくくなり、階段の最後の段と地面の境目がわからず踏み外すような事故が多発します。また、人は不意に転ぶとき、反射的に手を先に地面について頭などの要所の強打を回避しようとしますが、高齢者はこれができず、大腿骨近位部(腰周辺)の骨折や硬膜下血腫(頭部)など大きなダメージにつながる事故が増えます。
つまり転倒は、脚をはじめとする運動機能、反射やバランス、視覚などの感覚機能といった全身の身体機能の衰えが原因なのです」
さらに認知症、脳血管障害などの病気や、薬(特に睡眠鎮静薬)の影響も転倒リスクを高めるという。
「骨折は寝たきりや要介護状態・悪化に至る可能性があり、また頭の強打による重篤な脳損傷は命にもかかわります。また転倒した恐怖感で行動範囲が狭まり、閉じこもりや廃用症候群(活動しないことで心身の機能が著しく衰える)に至ることも深刻です」
転倒は体の機能が衰えているというサイン。“命の黄色信号”と、武藤さんは呼ぶ。これに気づいたら赤信号に変わらせないために、普段からできる予防策を聞いた。