4月4日、岡山と総社を結ぶJR吉備線(20.4キロ)の次世代型路面電車(LRT)化が正式に発表された。様々な形をとってはいるが、いま新たに路面電車ブームが起きつつある。古いものを懐かしむレトロブームのひとつとしてではなく、サステイナブル(持続可能)な市街地づくりの重要なツールとして、都市計画の上でのブームがやってきている。ライターの小川裕夫氏が、路面電車構想を発表して注目を集める葛飾区、ブームの先駆けとなった富山市、長い年月をかけて路面電車の存在感を強めた愛知県豊橋市の例をレポートする。
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昨年、東京都葛飾区が路面電車構想を発表、注目を集めている。
葛飾区が発表した路面電車構想は、区内を走る貨物専用線をLRT(Light Rail Transit)転換したうえで、旅客化するといった内容だ。
この貨物専用線は、常磐線の金町駅と総武線の小岩駅間を結んでおり、新金貨物線と呼ばれている。新金貨物線は葛飾区と江戸川区にまたがる路線だが、葛飾区は区内の金町駅―新小岩駅間の約6.9キロメートルを旅客転換する方針にしている。同構想について、葛飾区都市整備部交通計画担当課の担当者は、こう話す。
「葛飾区はJR常磐線・総武線、京成電鉄本線・押上線などが区内を東西に走っているので、都内中心部に出るのは非常に便利です。しかし、そうした交通網は通勤・通学には適していても、区内で生活する人たちの動線には適応していません。区を南北につなぐ鉄道網は京成金町線しかなく、そのため区民の南北移動はバスに頼らざるを得ないのが現状です。そうした不便を解消する目的として、新金線の旅客化の検討が進められているのです」
葛飾区は昨年度に2000万円、今年度は3200万円の予算を計上。旅客化までの調査を開始した。今年に予算を増額しているあたりにも、葛飾区の本気度が見て取れる。
高度経済成長期、東京都内ではあちこちで都電が走っていた。また、全国の主要都市でもあちこちで路面電車が運行されていた。
しかし、マイカーが普及するにつれて、道路を占用する路面電車は邪魔者扱いされるようになる。そして、ことごとく廃止された。
ところが、厄介者扱いされた路面電車が再び注目されるようになっている。その背景にはあるのが、2006年に開業した富山ライトレールだ。富山ライトレールの開業で、路面電車の役割は見直された。
JR西日本が所有していた富山港線は、富山駅―岩瀬浜駅間を結ぶ約8キロメートルの短い路線だった。JR西日本時代の富山港線は一日に運転される列車が38本しかなく、終電も21時台と早かった。
路面電車に転換されると、一日の運転本数は132本と3倍に増加。終電も23時台になった。また、路面電車転換後は駅の数も増え、利便性は格段に向上。利便性が向上したことにより、富山ライトレールの利用者が急増した。
富山ライトレールは、鉄道関係者から「路面電車を復権させた」とも言われる。実際、富山ライトレールが起こした第一次路面電車ブームによって、路面電車構想が全国各地で浮上。おぼろげな計画まで含めれば、その数は100近い。
都内の計画だけを拾っても、豊島区、江東区、中央区、八王子市などが積極的に路面電車計画を打ち出していた。
しかし、残念ながら多くの路面電車構想は徒花で終わっている。
先に挙げた都内の路面電車構想の中でも、特に行政側が強く推進していたのが豊島区だ。豊島区の高野之夫区長は2期目の任期中から、東池袋の再開発に合わせる形でLRT構想を発表。自身の任期中に道筋をつけたいと語っていた。
高野区長の意気込みは、都市計画にも如実に反映された。例えば、池袋駅東口から東池袋駅方面へと延びる道路(通称:グリーン大通り)は、再開発に合わせて道路や歩道が拡幅されている。拡幅工事後、グリーン大通り沿いにはホテルなどが出店。その1階には、コンビニが入居する予定にしていた。高野区長が描いた池袋のLRT計画では、グリーン大通りに路面電車が走ることになっていた。
池袋に路面電車計画が浮上した約15年前、計画の策定にあたった豊島区街づくり公社事業推進課の担当者が、「高野区長が『路面電車が走る街並みに、コンビニは調和しない』と難色を示したのです。そのため、コンビニの出店計画は白紙にされました。同地には、カフェが出店しました」と教えてくれたことがある。