【書評】『金正恩 恐怖と不条理の統治構造』/朴斗鎮・著/新潮新書/780円+税
【評者】山内昌之(東京大学名誉教授)
金正恩の最終カードは、韓国の文在寅政権とその従北派である。この明快な結論を多面的分析から引き出したタイムリーな書物である。
金正恩は、韓国保守勢力の潰滅と反日反米政策の展開を対北接近に結びつける文政権をうまく操縦している。金正恩は南北首脳会談の代償として8兆円の値を付けたという説もある。対話は、長距離核ミサイルの完成と韓国の内部分裂を確実にするためのカードにすぎない。金正恩は考え抜かれた戦略からでなく、そうせざるをえない苦境に立たされたというのが著者の見方である。
父や祖父を超えるテロの恐怖と粛清の広がりでエリート層に真の人材が枯渇してしまった。一般市民の貧富と格差の増大と賄賂横行は想像以上であり、一般兵士の栄養失調と戦闘能力の欠如は目をおおう。通常兵器の劣化と燃料の欠乏に加えて、長期戦を可能にする財政基盤がなく米韓の攻撃をかわす力もない。力の限界を知る金正恩は、韓国から頭を下げさせ融和ムードを演出したというのだ。
著者は、米国や日本が北朝鮮に騙され続けた歴史を丹念に要領よくまとめている。米国は韓国の金大中、盧武鉉らとともに「太陽政策」を進め、「独裁政権を死の淵から生き返らせて核武装へと進ませ、今日核ミサイルで米本土を狙える状況にまで至らせた」。