【書評】『真実』/梶芽衣子・著/文藝春秋/1350円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
『女囚さそり』の孤高、『曽根崎心中』の一途、四十年も前のスクリーンと少しも変わらない、俗な世間を刺し殺すような視線がみなぎっている本である。梶芽衣子、七十歳の自伝は、「媚びない、めげない、挫けない」という信条そのままで齢を重ねた人の清々しさがある。ここまで損を承知の、ストイックな生き方を知ると、読む方が怖気づくほどだ。
梶芽衣子は最後の「撮影所育ち」の世代である。日活での同期には渡哲也がいた。渡は生意気と風評の立った梶を撮影所の食堂に呼び出し、説教をする。「お前な、女なんだから可愛いがられなきゃ駄目だ」。渡のやさしい忠告にも、ついつい言い返してしまう。
「お上手をいうのが苦手な」江戸っ子娘は、「さそり」主演のオファーにも素っ気なかった。「女囚なんか嫌よ」と断る。もし引き受けるとしたら、「せりふを一言も発しない」というアイディアで演じていいのなら。梶の破天荒な演技プランが大ヒットを生み出す。当時はヒット作のシリーズ化が当り前。梶はそれにも肯(がえ)んじない。四作までで“勇退”する。
「さそり」はもともと一本目だけで、結婚即引退のつもりだった。結婚を決めていた彼は、別れ際に言う。「誰とも結婚するな。死ぬまで仕事を辞めるな」。梶は「はい、わかりました」と請け合う。だからいまだに独身なのだ。芸能界に入る時に、父親が言い渡したのは、「最初に就いた仕事は貫け」だった。父の教えも守られてしまう。このアンバランスさは、素直さなのだろうか。
本書には共演した役者たちの素顔がたくさん詰まっている。渥美清、勝新太郎、若山富三郎、高倉健、辰巳柳太郎、古今亭志ん朝、三國連太郎……。誰もが梶の一筆書きで描かれる。裏方さんへの視線もやさしい。そして誰よりも尊敬する中村吉右衛門。テレビの「鬼平犯科帳」の撮影スケジュールを優先し、黒澤映画のオファーを二度も断っている。もったいない、なんて言ってはいけない。それが梶芽衣子の生き方なのだ。
※週刊ポスト2018年4月27日号