認知症の母(83才)の介護を引き受けることになったN記者(54才・女性)。片付け上手だった母がどう変わり、そして、今どんなふうに落ち着いたのか。“おかしな場所”に収納していても、本人には本人なりの理屈があるようだ。
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母がひとり暮らしをするサ高住の部屋を訪ねるとホッとする。父と暮らしていた3LDKのマンションの荷物を整理し、必要最低限の物だけを持って越してきたワンルーム。部屋では洗濯してお風呂に入って寝るだけの生活だが、いつも整然と片づいている。母が自分で片づけるのだ。
週1回、掃除援助に来てくれるヘルパーさんに「Mさん(母)に、私の家を掃除してもらいたいくらいだわ」と、ほめてもらえるほどだ。
父の急死後、ひとりには広すぎる部屋で独居になったときは認知症の症状がひどく、家中荒れ放題。母の人格が変わってしまったようで怖かった。当時のケアマネジャーのかたによると、どう片づけたらよいかがわからなくなるのだという。
環境の変化で悪化しやすい認知症だが、ゴミ屋敷寸前の生活をリセットし、最小限の物で再スタートしたことが、症状を落ち着かせたようだ。私が適当に配置した物を、母が少しずつ置き換え、だんだん母らしい部屋になってきた。最近は花も飾っている。
認知症でもこんなに穏やかに戻ることもあるのだなと思っていた矢先に、久々にギョッとする事件が起きた。母の部屋の冷蔵庫の中に、バスタオルと浴用タオルが“収納”されていたのだ。
冷蔵庫は単身者用の小さいもので、調理はしないので、入っているものといえば父に供える日本酒と、コンビニで無意識に買ってきてしまう菓子くらい。
小さな庫内が無駄に空いているのは確かだが、そこにきれいに畳たまれたタオルが詰め込まれている違和感…。ゴミ屋敷時代の恐怖が一瞬、よみがえった。
入浴後に使うタオルは、いわゆる脱衣所がないため、実は置き場所に困っていた。そこで私は、浴室の扉を開けてすぐの位置にある冷蔵庫の上に、プラスチックの棚を置いて、タオルの収納場所としたのだった。インテリアとしては少々おかしいが、必要なときに手が届いて合理的だ。それなのに、棚はいつの間にかベッドの影に撤去され、タオルはなんと冷蔵庫へ。
「どうして棚をはずしたの? 冷蔵庫は食べ物を入れるところでしょ! タオルが冷たくなっちゃうじゃない!!」と、つい意地悪な正論を吐いた。
すると、ちょうど掃除援助に来てくれていたヘルパーさんが軽く目配せをして言った。
「あら、お母様の工夫じゃない? すごいアイディアねぇ」
工夫? ヘルパーさんは介護職のプロ的配慮で言ってくれたのだろうが、あながち間違いではないかもしれない。
母は昔から、そんな工夫を楽しむ人だった。読書好きの自分がくつろげるようトイレに本棚を設えたり、散らかりものを箱に集めてソファの下に押し込み、居間を瞬時に片づけたり。そんな母なら、タオルを不格好な棚に収めるより、冷蔵庫にスマートに収納してしまうのも納得だ。
「お風呂上がりはひんやりタオルが気持ちいいのよ」と、おもしろそうに笑う母。私の意地悪への返球か、自分のおかしな工夫へのフォローか。とにかく今は、自由な独居を存分に堪能しているようだ。
※女性セブン2018年5月3日号