音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、2017年9月に真打ちに昇進した女性落語家、柳亭こみちの、古典落語の切れ味のよさについてお届けする。
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昨年11月にフジテレビ系で放映されたドキュメンタリー「オンナたちの分岐点」で、柳亭こみちの「真打昇進への戦い」が取り上げられていた。ストーリーの軸となったのは「師匠(柳亭燕路)から教わった『紺屋高尾』を昇進披露興行で演る許可を得る」こと。その『紺屋高尾』を僕は3月13日の独演会「落語坐こみち堂VI」(国立演芸場)で観た。
紺屋の職人久蔵が吉原随一の花魁高尾太夫に恋をして3年間働いた金で会いに行き、その純情にほだされた高尾が久蔵の女房になる『紺屋高尾』。講釈にも浪曲にもあるこの物語を落語として有名にしたのは六代目三遊亭圓生。立川談志は講釈師の五代目一龍斎貞丈から教わった『紺屋高尾』に浪曲のテイストを盛り込んで十八番とした。今演じられている『紺屋高尾』は大まかに言って圓生系と談志系に分かれる。
こみちが演じたのは圓生系。ただし圓生が高尾の年季が明けるのを「来年2月15日」としていたのと異なり、談志系と同じく「3月15日」としている。五代目圓楽や桂歌丸などは圓生の型を「2月」のまま継承したが、燕路がこみちに教えたように、今では圓生系でも「3月」で演るのが主流となっている。
「流山のお大尽」と偽って高尾に会った久蔵が本当は紺屋の職人だと打ち明ける場面、こみちは「その証拠に藍で染まったこの手を見てください」と演った。これはもともと談志系の演出で、圓生は「手の藍を落として行く」ことにしていたが、今では圓生系でもたいてい「この手を見てください」と演る(ただし、それ以前に久蔵が先生の助言で手を見せないよう頑張って懐手をしている描写があるのは談志系だけ)。