【著者に訊け】窪美澄さん/『じっと手を見る』/幻冬舎/1512円
【本の内容】
どこに行っても富士山が見える町に暮らす介護士で元恋人同士の日奈と海斗。別れた後もつかず離れずの生活を送っていたが、日奈が東京からやって来た編集プロダクションの社長・宮澤と出会い、関係性は変わって行く。日奈は宮澤にひかれていき、一方の海斗は日奈への思いを引きずりながら同僚の畑中との仲を深める。誰しもが心に欠落を抱え、それでも前を向いて生きて行く彼らの横に寄り添うのは誰か──。
介護士として、富士山が見える小さな町で働く若い男女の恋愛を連作短篇として描いた。
「最初の1篇は2011年3月が締切でした。『官能小説の短篇を』という依頼で、最初のセクシャルな場面を書いた後で東日本大震災があって。締切はどうなるんだろう、小説を書いている場合なんだろうかと思いながら余震に耐えつつ書いたものなので、あれからずいぶん時間がたったなと感じますね」
幼いころに交通事故で両親を亡くした日奈と、かつての恋人で、別れた後も彼女を見守る海斗。介護士である二人を取材しに東京からやって来た宮澤に日奈がひかれて関係を持つようになり、小さな世界にさざ波が立つ。
1年に1篇のペースで、彼らのその後が書き継がれていった。宮澤を追って日奈は故郷を離れ、日奈を忘れられない海斗にも畑中という年上の後輩が接近してくる。誰もが誰かを求めながら、寂しさはすれ違う。章ごとに視点人物が代わり、好きな相手にも見せることのない心のうちが語られる。
「ふつうに社会生活を営んでいれば、こんなことを思っちゃいけない、感じちゃいけない、っていうのがありますけど、自分の小説の中ではそういうのはなしにしたくて、ネガティブな感情も書きます。日奈の行動も、人からは不埒に思われるとしても、日奈にとっては自分の感情に正直に動いたからこそなんですよね」
作中に、日奈たち介護士が取材される場面が出てくる。窪さん自身、実際にライターとして専門学校の学生に取材したことがあるそうで、彼らの働く姿や置かれている状況がリアルに描かれる。
「取材したとき、彼らがすごく地に足のついた考え方をしていたのが印象的でした。私は、小説の中で経済のこともちゃんと書きたいんですよね。みんな大卒でなんとなく上場企業に勤めていて、というお話もあっていいけど、どうやってお金を稼いでどうやって食べているのかをしっかり書きたい」
働いても働いても楽にはならない現実の重さを描きつつ、物語にはどこかに希望の光がさしている。
「最後は飛行機の機首がきゅっと上がるみたいな感じで着地させたい、と意識していました」
■取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2018年6月14日号