認知症の母(83才)の介護をするN記者(54才・女性)。昔から入浴好きの母を連れて、温泉や公共の入浴施設へ行くものの、認知症によるトラブルもあるという…。
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「どんなにつらい悩みも、お湯に浸かると楽になるね」
子供の頃、ふぅ…と湯船に浸かりながら、母は満足そうに言っていた。たしかに、温かいお湯に身を任せると、張り詰めた気持ちがほぐれ、不思議な浮遊感とともに気が楽になる。自分が年を追うごとに、あの言葉の意味をしみじみ実感する。
老人ホームを探したときも、施設の規定で週2回しか入浴できないことに難色を示した母を見て、「入浴のことだけは譲れないので他を探します」と、思わず断った。そして今では私も凹んだとき、まじないのように風呂を沸かす。
そんなわけで母との旅行はもっぱら温泉。スーパー銭湯のようなところでも母は喜ぶ。
ただ、脱衣場が鬼門だ。狭い空間にたくさんの人がいて、脱いだり着たりボ~ッとしたり。どうもこの混とんとした雰囲気が、認知症の母を混乱させるようなのだ。脱ぐときは私がリードするのでまだよいが、湯から上がると途端に不安定になる。
母は最近でこそ、私には「ママは認知症だからよろしくね」などと素直に言うが、外に対しては徹底して認知症を隠す。普段はヘルパーさんなど、理解して守ってくれる人に囲まれているが、旅先では完全に“アウェー”なのだ。
この正月に行った大型旅館の大浴場でのこと。母は温泉に浸かると気が大きくなるのか、気ままに湯を楽しむと、常に母をガードする私の隙をついてさっさと浴場から出て行ってしまった。
案の定、母は自分のカゴがわからない。でもそれを大勢の人に悟られたくない。とはいえ全裸でウロウロするのも変だとわかっているので、思い切って目の前のカゴに手を伸ばしてみた…らしい。
「何よ! おばさん、あたしのなんですけど!?」
嗚呼…この日は運が悪かった。大慌てで私が浴場から上がると、たぶん高齢者や認知症には無縁で興味もなさそうな、しかもちょっと強面の女性が声を上げていた。
無造作な彼女のカゴの中はタオルの下に下着がはみ出していた。母はバスタオルを探しつつ、いつもの整頓癖にスイッチが入ってしまったのかも。しかし端から見れば母が下着に手を伸ばす格好に…。
「そんなに怒ることじゃないでしょ」と、心の中で思いながらも平謝り。説明しても仕方がない。母も、恥ずかしさと憔悴が入り交じった顔で、必死に謝っていた。
こういう失敗によるストレスは、認知症を悪化させるとよくいわれる。だからわが家の旅行計画も、プライベートな貸し切り家族風呂にするとか、大型施設を避けるとか、改善の余地は大いにある。
でも大きな湯船に浸かって知らない湯客に話しかけ、楽しそうに笑う母を見ていると、多少のリスクなどザーッとお湯に流せるような気もしてくる。トラブルやストレスに見舞われるのも、自由を謳歌している証ではないか。
心配性で、小さなことですぐ悩む私にそう思わせるのも、温泉の効用かもしれない。
※女性セブン2018年6月21日号