逃げ惑う乗客の中心にいて、2人は無言で揉み合い続けていたという。「やめろ」とも「助けて」とも叫ぶわけではなく、185cmという長身の白いワイシャツ姿の男性が、「なた」を振るう小島一朗容疑者(22才)を後ろから羽交い締めにしていた。一言も発せずに歯を食いしばり、凶器を持つ犯人の手を、力の限りに押さえていた。
ところが、揺れる車内で男性はバランスを崩して倒れてしまう。その隙に小島容疑者は他の乗客を襲おうと動き出した。すると、男性は再び立ち上がって犯人に向かって突進した──。
それが、別の車両に逃げる乗客が見た、男性の最後の雄姿だった。男性の名前は、梅田耕太郎さん(享年38)。6月9日夜、横浜での出張を終えて、「のぞみ265号」に乗り、妻の待つ兵庫県尼崎市のマンションへと帰る途中の惨劇だった。事件が起きた12号車の乗客が震える声で振り返る。
「新横浜駅を出発して数分後、犯人は隣に座っていた20代の女性に『なた』で襲いかかりました。女性が逃げると、反対側に座っていた別の20代女性に斬りかかった。その瞬間、2つ後ろの座席の梅田さんが犯人に飛びかかったんです。梅田さんがいなければ女性は助からなかった。
凶器の『なた』は、錆びついていたのか真っ茶色。その時は“棒きれ”のようなもので叩いていたのかと思っていました。梅田さんも刃物だとわからないままに、とっさに助けに入ったんじゃないでしょうか」
梅田さんが容疑者を押さえ込んでいたので、12号車の乗客は他の車両に逃げることができた。時速250kmで走る新幹線車内という密室。パニックが起き、ぶつかったり、荷物に躓いたりして転倒した乗客も多数いた。犯人が後ろから襲いかかれば、もっと犠牲者がでていてもおかしくなかった。
騒動を知った車掌が12号車に駆けつけたとき、小島容疑者は梅田さんの上に馬乗りになり、すでに意識のない梅田さんの体に何度もなたを振り下ろしていた。傷跡は数十か所に及んだという。軽傷を負った女性はこうコメントを発表した。
「すぐに助けていただいたのに亡くなられた被害者の方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。私を助けてくださった方々にお礼を申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます」
梅田さんの一瞬の勇気が、多くの乗客の命を救った。
※女性セブン2018年6月28日号