作業療法士は、病気や加齢による障害をケアする医療者。生活や人生をその人らしく営めるよう技術や工夫を駆使して、サポートするプロだ。認知症の症状や心の状態も熟知し、介護に悩む家族にとっては力強い味方となる。
作業療法士が行う、病院や介護施設での作業療法は、まずできることを探すのだという。作業療法士を育てる文京学院大学教授の大橋幸子さんはこう語る。
「作業療法士が重視するのはその人の生活史。子育てや家事を地道にやった、仕事で活躍した、趣味を楽しんだ、あるいは雪国育ちで冬は大変な思いをしたなど、その人の人生を少しずつうかがいます。
そこから得意な作業や興味を聞き出すのが主目的ですが、認知症の人の多くは、昔の記憶は比較的はっきりしているので、昔話なら自信を持って話せます。若い頃を思い出すことで自分を取り戻し、その話に興味を持って聞いてくれる相手と通じ合える。これだけでも心が安定するのです。
そして、それぞれの人が得意で好きなこと、今も頑張ればできることを行います。たとえば園芸や木工、手芸。社交的な人はおしゃべり会や歌、静かな作業が好きな人は折り紙や塗り絵など。これらを行って、できたときの喜びや満足感、作品などの成果が“すごいね”と、ほめられることも重要。自分が役立つ存在だと認められたいという承認欲求が満たされるのです」
介護施設で高齢者が折り紙などに没頭する姿の意味を、正直、理解できずにいた。
が、実際に放尿や唾吐きなどの行為で周囲を困らせていた認知症の人が、大きなちぎり絵を完成させて絶賛されると行為が治まった、というような事例はたくさんあるという。
「責任を背負って仕事や家事に追われ、日々小さな成果を得て生きている世代には理解しにくいかもしれませんが、普段、心の中が混とんとした認知症高齢者にとって、喜びや達成感、承認欲求の満足は、大きな意味を持つのです」(大橋さん、以下内同)
日常生活の中でも参考になる作業療法的な工夫を聞いた。
「基本はできないことにこだわらず、できれば失敗を避け、成功体験を多くする。また支援の方法や本人への指示はシンプルに明確に。たとえば本人がすべき行動はできるだけ単純な工程にし、短文で大きく書いて、行動する場所に貼っておくと、迷いなくスムーズにできます。
ただし言語や文字の認知機能が衰えている場合もあるので、表示を絵にしたり音で注意喚起をしたり、それぞれの人に合わせて工夫は必要です。でも家族がいちばん大切にしてほしいのは、本人が安心できる環境と自尊心を守ること。認知症になっても親の人生キャリアはすごいのです。
家事などで親がまだできることを一緒にやって、できたら大いにほめ、『教えて』などと、子供として甘えてください。大きな力になります」
作業療法士に相談したり、作業療法を受けたい場合は、ケアマネジャー、各都道府県の認知症疾患医療センターなどに問い合わせるといい。
※女性セブン2018年6月28日号