ドラマでは悪役を専門とする役者はあまり見なくなり、今やその市場を独占しているのがお笑い芸人だ。コラムニストのペリー荻野さんがその事情について解説する。
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先日放送されたNHK BSプレミアム『たけしのこれがホントのニッポン芸能史』は悪役特集。Vシネマのレジェンド、小沢仁志が例の怖い顔としゃがれ声で「(特別警戒シーズンの)年末は500メートル歩くたびに職質される」と語る映像にスタジオゲストの白竜がコメントするというすごい構図だったが、全体を見て、しみじみ思ったのは、悪役俳優が絶滅危惧種だということだ。
番組ゲストにもなった超ベテラン悪役・田口計はじめ、かつては川合伸旺、藤岡重慶、進藤英太郎など迫力ある悪役スターが数多くいた。だが、今は「出てくるだけで悪のニオイぷんぷん」という専門職的悪役俳優は、ほとんどいない。
そんな中で、悪役を一手に引き受けている感があるのは、お笑い芸人衆だ。今シーズン、初回から視聴者の涙を絞ったドラマ『グッド・ドクター』(フジテレビ系)で、さっそく不気味なムードを出しているのが、板尾創路。自閉症スペクトラム障害ながら、驚異的な記憶力を持つ小児科医・新堂湊(山崎賢人)の受け入れを巡って、関係者が対立する東郷記念病院で、副委員長の猪口(板尾)は、「いいじゃないですか」「予算は私が確保します」「変革は大切」などとにこにこ前向きな発言をする。しかし、その腹の中では、採算のとれない小児外科閉鎖を狙っているのだ。
板尾はこれまでもドラマ『大奥 第一部~最凶の女』(フジテレビ系)では、美人の娘(沢尻エリカ)を操ってのし上がろうとする腹黒パパ、ドラマ『雲霧仁左衛門3』(NHK BS)では不気味な暗殺者を演じていた。その悪役演技のポイントは、「口から白い歯を一列に見せて微笑んでいるような顔だが、鼻から上はダークな悪意を漂わせる」上下二層構造の作り笑顔。これは立派な芸だと思う。
同じ吉本芸人では、日曜劇場『陸王』(TBS系)でランニングシューズ開発に苦心する主人公たちを圧迫する大手シューズメーカーのひとりとして小籔千豊が登場。長身で文字通り「上から」嫌な発言を連発した。このほか、日曜劇場は、『華麗なる一族』『99.9-刑事専門弁護士-SEASONⅡ』の笑福亭鶴瓶をはじめ、『ルーズヴェルト・ゲーム』の立川談春、『下町ロケット』の春風亭昇太など、落語家を企業ドラマの悪役にするのが、伝統のようになっている。
見渡せば話題になる「新悪役」は芸人独占状態。その理由は、彼らには、もともと演技力があること。落語家は語りの中でひとり数役をこなし、芸人もコントや舞台で多くの人物になりきる。基礎ができているうえに、よく見るとみんな顔が結構、強面。最近は、優しい顔で怖いことをする悪役も多いが、芸人悪役の場合はふだんのおちゃらけ顔と腹黒モードのギャップを醸し出すのがとてもうまいのだ。
鶴瓶はNHK大河ドラマ『西郷どん』で岩倉具視役で出演する。岩倉具視といえば、かつて「五百円札」にも印刷されていた公家、政治家。岩倉は維新後、西郷と対立し、彼を追い詰めることになる。悪役もすっかり板についてきた鶴瓶がどんな岩倉になるか。ミスター二層構造笑顔の板尾とともに鶴瓶岩倉にも期待したい。