10年前、英国留学中の前原和子さん(40才・仮名)は右鎖骨下にゴルフボール大のしこりを見つけた。
すぐに現地で受診すると、「悪性リンパ腫」と診断された。そのまま異国の地で抗がん剤治療や放射線治療をスタートし、日本に帰国後も苦しい闘病生活を必死に続けた。
がん患者にとって治療の区切りとなる5年が経ってようやく一息ついた頃、あるデータを示された前原さんは心底驚いた。
「5年を待たずがんが治癒に向かっていたことを示すデータでした。事前に知っていたら、暗闇の向こうに一筋の光を見つけた気持ちになったはずです」(前原さん)
多くのがん患者の「希望の光」となり得るデータとは、いかなるものだろうか。
「前原さんに見てもらったのは、サバイバー生存率です」
こう話すのは、日本がん登録協議会の専門員で大阪医科大学准教授の伊藤ゆりさん。
「サバイバー生存率」とは、がんと診断されてからの経過年数ごとに、その時点から5年間の生存率を示すもの。
米国では約20年前から「条件付き生存率」という名称で使われ、日本では1993年から2006年にかけて診断された患者のデータを用いて、2014年に伊藤さんが初めて論文にした。
この生存率の大きな特徴は、年月の経過とともに数値が上昇するケースが多いことだ。 従来のがん治療における患者の生存率の主な目安は、「5年(相対)生存率」だった。これは、がんと診断された患者が、性別や年齢を同じくする日本人全体と比べて、診断から5年後にどれだけ生存しているかの割合を示したものだ。
同データによると、日本人で最も多い胃がんの場合、女性の5年生存率は60%だが、サバイバー生存率は診断から1年後に78%、3年後に93%、5年後に96%まで上昇するという。100%に近づくほど、がんを患っていない人の生存率に近くなり、ほぼ治癒したと考えられる。冒頭の前原さんの悪性リンパ腫の場合、女性の5年生存率は58%。一方でサバイバー生存率は、診断から1年後に73%、3年後に84%、5年後には87%まで上がるという。
◆人は生きている限り、命にこだわる
「5年生存率は、診断から1~2年以内に亡くなる病状の悪い患者を含みます。多くのがんは、診断から年数が経過するにつれて亡くなる患者数が減少するため、年を経るごとにサバイバー生存率が上昇するケースが多くなります」(伊藤さん)
サバイバー生存率の最大の利点は、がん患者に「希望」を与えられることだ。