ライフ

「言語の死」という概念に疑義を突きつける稀代の書

『エコラリアス 言語の忘却について』/ダニエル・ヘラー=ローゼン・著

【書評】『エコラリアス 言語の忘却について』/ダニエル・ヘラー=ローゼン・著/関口涼子・訳/みすず書房/4600円+税

【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 言語の忘却と記憶の影について書かれた独創的な言語哲学の書だ。喃語(なんご)期の乳児はあらゆる音声を発音する能力があるという。それが母語の音声システムに適応していくにつれ、母語にある音しか発音できなくなる。つまり、人間は発話能力を忘れることで、言語習得を開始するのだ──本書はそんな定義から始まる。しかしその記憶は完全に消え去るのではない。

 十か国語に通じた著者は、言語学、哲学、文学、神学、心理学など広い領域の文献を渉猟しながら、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語、ペルシャ語、アラビア語などの古典言語から、ある谷の方言やコーンウォール語などのマイナーな言語の間を自在に行き来し、ひとつの言語には別な言語の「痕跡」が「谺(こだま)」として残っていると主張する。

 たとえば、コプト人はイスラーム教徒になった時アラビア語を話すことになった。このようなケースを著者は、弱い言語が強い言語に吸収されて消滅したとは考えない。コプト語の話者はコプト語をさまざまな形でアラビア語の中に連れていったはずである。それはアラビア語に組み敷かれたのではなく、近代エジプト方言を構成する「融合物」となったと、著者は考える。

 ひとつの言語の中には、別な言語の影がしばしば垣間見える。アルゼンチンのカスティリャ語にはイタリア語のリズムが感じられ、ロシア語のtcheという狭窄音を聞けば、ドイツ語のtschが想起されるかもしれない。

関連記事

トピックス

寄り添って歩く小室さん夫妻(2025年5月)
小室眞子さん第一子出産で浮上する、9月の悠仁さま「成年式」での里帰り 注目されるのは「高円宮家の三女・守谷絢子さんとの違い」
週刊ポスト
TUBEのボーカル・前田亘輝(時事通信フォト)
TUBE、6月1日ハワイでの40周年ライブがビザおりず開催危機…全額返金となると「信じられないほどの大損害」と関係者
NEWSポストセブン
ラウンドワンスタジアム千日前店で迷惑行為が発覚した(公式SNS、グラスの写真はイメージです/Xより)
「オェーッ!ペッペ!」30歳女性ライバーがグラスに放尿、嘔吐…ラウンドワンが「極めて悪質な迷惑行為」を報告も 女性ライバーは「汚いけど洗うからさ」逆ギレ狼藉
NEWSポストセブン
夏の甲子園出場に向けて危機感を表明した大阪桐蔭・西谷浩一監督(産経ビジュアル)
大阪桐蔭「12年ぶりコールド負け」は“一強時代の終焉”か 西谷浩一監督が明かした「まだまだ力が足りない」という危機感 飛ばないバットへの対応の遅れ、スカウティングの不調も
NEWSポストセブン
田中圭の“悪癖”に6年前から警告を発していた北川景子(時事通信フォト)
《永野芽郁との不倫報道で大打撃》北川景子が発していた田中圭への“警告メッセージ”、田中は「ガチのダメ出しじゃん」
週刊ポスト
TBS系連続ドラマ『キャスター』で共演していた2人(右・番組HPより)
《永野芽郁の二股疑惑報道》“嘘つかないで…”キム・ムジュンの意味深投稿に添付されていた一枚のワケあり写真「彼女の大好きなアニメキャラ」とファン指摘
NEWSポストセブン
逮捕された不動産投資会社「レーサム」創業者で元会長の田中剛容疑者
《無理やり口に…》レーサム元会長が開いた“薬物性接待パーティー”の中身、参加した国立女子大生への報酬は破格の「1日300万円」【違法薬物事件で逮捕】
週刊ポスト
2日間連続で同じブランドのイヤリングをお召しに(2025年5月20日・21日、撮影/JMPA)
《“完売”の人気ぶり》佳子さまが2日連続で着用された「5000円以下」美濃焼イヤリング  “眞子さんのセットアップ”と色を合わせる絶妙コーデも
NEWSポストセブン
話題のAIビデオチャットアプリ「Castalk(キャストーク)」
「リアルだ…!」グラビアアイドル・森咲智美と2人きりで「ふれあいタッチ」も AIアバターアプリ「Castalk」を男性記者が体験してみた
NEWSポストセブン
石川県を訪問された愛子さま(2025年5月18日、時事通信フォト)
「バッグのファスナーをすべて開けて検査」愛子さま“つきまとい騒動”で能登訪問に漂っていた“緊張感”
NEWSポストセブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さんが第1子出産》小室圭さんが母・佳代さんから受け継ぐ“おふくろの味”は「マッシュポテト」 関係者が明かす“佳代さんの意外な料理歴”とは
NEWSポストセブン
群馬県草津町の黒岩信忠町長、町長からわいせつ被害を受けたという嘘の告訴をした元町議の新井祥子被告
「ずるずるずるずる、嘘を重ねてしまいました」…草津町長への“性被害でっち上げ” 元女性町議が裁判で語った“発言がどんどん変わった理由
NEWSポストセブン