スマホの保有率が国民の7割を超え、それにつれて近年、大きな変化を見せている裏社会。その変化を知るのに注目すべき存在が「道具屋」という裏稼業だ、と語るのは、「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中の『ハスリンボーイ』原作を担当する草下シンヤ氏だ。この“ハスリン”という言葉は「非合法商売」を指す。『裏のハローワーク』を始めとする裏社会をテーマとした著書を執筆してきた草下氏が、今の【裏社会リアル】をレポートする。
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今年2018年上半期(1~6月)、全国の警察が把握した振り込め詐欺、オレオレ詐欺などの特殊詐欺の被害額は174億9000万円、認知件数は8197件にのぼる。そのうち、身内などを装うオレオレ詐欺は22.7%増の4560件(被害額96億3000万円)と大幅に増え、警察庁は「深刻な状況」と警戒を強めている。
これほど世間での特殊詐欺の認知が高まっているにもかかわらず、いまだに騙されてしまう被害者がいる中、近年「道具屋」という呼ばれる存在がクローズアップされている。道具屋とは、裏社会の犯罪グループ向けに「トバシやレンタルの携帯」(トバシは使い捨て、レンタルは一定期間使用できる足のつかない携帯)や「架空口座」(犯罪用の架空名義の銀行口座)といった身元を隠すためのツールを不正調達する者のことだ。
道具屋の中には、詐欺グループが自前で非合法ツールを用意するために作った専属の道具屋もいるが、一匹狼として裏社会で生計を立てる者もいる。そういったフリーの道具屋は元闇金業者だったり、現在も闇金業を兼業していたり、裏風俗、暴力団組織に太いパイプを持つなどしている。
かつては、裏社会における道具屋は、それほど地位の高いポジションではなく、依頼人からの厄介な要求に翻弄される、いわば下っ端的な役割に過ぎなかった。しかし、そんな道具屋が存在感を強めている背景には「犯罪の不可視化」があるといえる。
十数年前から流行し始めた特殊詐欺はマイナーチェンジを繰り返しながら現在も、巨大な犯罪規模を誇っている。ただし、当局も詐欺事件の厳罰化を進めており、10年前であれば執行猶予がついたような案件も、初犯で実刑が下されるようになってきている。
詐欺というものは、そもそも「見えにくい犯罪」である。たとえば、「被害総額○○億円」という詐欺事件があり、実行犯を逮捕したとしても、物的証拠を示し、事件化できるものは限られている。被害総額10億円の詐欺事件があったとしても、実際に事件化できるのは数千万円に過ぎないということが多い。
そしてまさにその「物的証拠をなくす」ためには、トバシやレンタルの携帯や、架空口座などのツールが必須なのだ。一昔前の“逮捕されることでハクがつく昭和の時代”とは違って、“逮捕されれば貧乏になる現在”において、いかに自分たちの姿を隠すかということは、犯罪をおかす者にとって「最重要な部分」となっているわけだ。
たとえば、私の友人の山崎(40歳・仮名)は池袋でフリーの道具屋として活動していた。メジャーリーグで活躍中の田中投手の肌をこんがりと焼き、眼光を鋭くしたような風体の人物だ。彼に「なぜ道具屋の仕事を始めたのか」を聞いたことがある。