54才のN記者は、認知症の母(83才)の介護にあたっている。その中で思い出したのは、亡き父が発症し、認知症と類似していた“せん妄”の症状だった。
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17年前に、父(故人)が66才でくも膜下出血で倒れたときのこと。救命救急に運ばれ、一命は取り止めたものの、入院中にせん妄を発症。私が娘ということは認識していながら突然、妄想の闇に陥り、不可解な暴言を吐いたのだった。
双子など、妄想のモチーフになるようなエピソードは思い当たらず、もともと穏やかで声を荒らげたこともない父の豹変ぶりは、少々ショックだった。ただこのときは、主治医から事前説明を受けていたのだ。
「一時的にびっくりするような症状が出ますが、必ず元に戻りますから大丈夫。落ち着いて見守ってくださいね」と。
そして主治医は回診の後、「では部長、今日は失礼します。明日もよろしくお願いします」と、父に頭を下げてくれた。
「おうっ」と手を振る父はご機嫌。
妄想の中では、主治医や看護師さんたちは会社の部下だった。白衣を着て診察もしてくれるのに、その矛盾は気にも留めない。脳の病気とはすさまじいものだと、母と顔を見合わせて感心しつつ、夜間にせん妄で暴れるらしい父を押さえる拘束ベルトを、まじまじと見た。
高齢になると、入院時はもちろん、それ以外の環境でもせん妄を発症しやすく、症状の出方も多様。認知症と似てはいるが、分けて考え、適切な対処や治療が必要だという。これはごく最近、知った。
今思えば、母にもせん妄が起きていたと思い当たることがいくつもあった。母の人生最大のストレスだった父の葬儀の前夜、20才の乙女に戻り元彼のことを延々と話したこと。不安な独居時代、刑事が私のことを聞き込みに来たと30分おきに電話をかけたこと。私の家に泊まると決まって深夜に、鬼の形相で金を返せとすごんだこと。
いずれも認知症の延長のようでいて“豹変”といえる変化で数時間後にはケロリと収束。これがせん妄の特徴らしい。
極めつきは4年前の暑い夏、今のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に引っ越したとき。環境変化が認知症を悪化させるといわれたが、母はむしろ無表情だった。でも実はこれも低活動性のせん妄らしい。
「ご近所を散歩していたら、三つ編みの女の子が手招きするから、その家に入ったら中年の女性がアカシさんを探していると言うの。それで…」とボソボソ言ったか思うと、突然、部屋の中を歩き始めた。
引っ越し直後で散歩する暇はなく、話の展開も奇妙。「認知症の悪化かしら?」とも思ったが、片付けに追われてしまった。
脱水もせん妄の大きな引き金になると知り、あの母の異様な表情を思い出した。母は幸いその後、落ち着いて事なきを得たが、父のときのように事前にわかっていれば、気づけたかもしれない。家族も勉強が必要だ。
それにしても三つ編み少女とアカシさん、そして17年前の父が“何もかも知っていた”という内容は何だろう。妄想に根拠はないといわれるが、気になってしかたがないのも家族の性だ。
※女性セブン2018年8月23・30日号