漫画家・細川貂々さんの最新刊『お多福来い来い』が大きな反響を呼んでいる。放送タレントで落語家の顔も持つ松尾貴史さんは《楽しい!共感!実に面白い落語コミックエッセイ。落語ファンも、初心者も、是非読んでほしい。また、この落語との触れ合い方のニュートラルさ、素直さにすこぶる優しい気持ちになります。》とツイートするほど。落語を取り上げたこのコミックエッセイに、「気持ちが楽になった」「寄席に行ってみたくなった」など、読者からもうれしい感想が多数届いている。
では、寄席とはどんな場所なのか。
現在、寄席は東京に4か所、関西に2か所ある。神戸にある喜楽館は7月11日に出来たばかりだ。本書にも貂々さんが大阪にある寄席、繁昌亭に初めて行くシーンが出て来る。繁昌亭の支配人・恩田雅和さんはこう話す。
「私は寄席はどんなところか、と聞かれたら、落語のアンテナショップと説明しています。繁昌亭では、昼席であれば10人が出て来て、うち2人は漫才や曲芸などの色物。つまり8人の落語を聴ける。その中で好きな落語家を見つけてもらって、その人の独演会などに行ってください、と。オープンして12年が経ちましたが、毎月1万人ほどの人が楽しんでいらっしゃいます」
恩田さんは本書をどう読んだのだろう。
「私はもう何十年もずっと落語を聴いていますから、貂々さんが落語を新鮮に受け止めているのがとても懐かしくて。『ツレがうつになりまして。』のように、ドラマや映画になったらいいなぁと思いました。貂々さんは落語と出会って人生が変わったと描いていますが、私も実は落語と出会って人生が変わったんです」
それは大学時代のこと。恩田さんは東京・新宿にある寄席、末廣亭で故・立川談志がかけた『芝浜』を聴いて衝撃を受けた。
『芝浜』は、怠け者の夫としっかり者の妻の話。仕事をしない夫がようやく仕事に出掛けたところ、海辺で50両の大金が入った財布を拾う。すっかり気が大きくなった夫は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。酔っ払って寝てしまった夫に、翌朝、妻は聞く。
「どうすんだい? 昨日のお勘定」
財布を拾ったのは夢だったのかと反省した夫は酒を断って真面目に働くようになり、立派な店を構えるまでになった3年後の大晦日…妻が「あれは本当のことだった」と打ち明ける。泣いて謝り、酒を勧める妻に夫は言う。
「やっぱりやめとこ。また夢になるといけねぇ」
本書にも出て来る、人情噺の代表的な演目だ。談志はこの『芝浜』に独自の解釈を加え、よりドラマチックに夫婦の愛を描いた。
「落語はこんなふうに人間の業を描けるんだ、とその奥深さに驚いて、談志の生き方に共鳴しました。以来、落語にハマって、談志をあちこち追いかけるようになって、卒業論文も落語についてです。今、こうして寄席の支配人をしていることも含め、落語との縁を作ったのが寄席という場所なんです」(恩田さん)
寄席では演者の名前は案内されているが、その日、どんな演目がかけられるかはわからない。だからこそ、何度でも通いたくなるし、一度行ったらハマってしまう大きな魅力がある。恩田さんが言う。
「この貂々さんの本を読んで落語を聴いてみようと思ったかたは、ぜひ寄席にお越しください。きっと好きな落語家や演目が見つかりますから」
※女性セブン2018年8月23・30日号