基本的に人の命を救いたくない医師はいないように、命を軽んじる看護師もいない。ところが、あまりに厳しい仕事に疲れ果て、何を尊重すべきなのかが分からなくなることがあるのだという。終末期医療を担う看護師が患者を殺害したことが明らかになった事件を聞き動揺する同業者たちの苦悩について、ライターの森鷹久氏がレポートする。
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神奈川県横浜市の大口病院(当時)で、現役の看護師が患者の点滴に消毒剤を混入させ、高齢の男性患者が亡くなった事件。
「自分がいないうちに(患者に)亡くなってほしかった──」
事件発生から二年を経て、逮捕された女性看護師が語った動機は、我々一般人にとっては衝撃的なものだった。しかし、終末期医療を担う医療現場で働く人々には「改めて現実を突き付けられた」ものだったのかもしれない。
「もちろん殺人はいけないことだが、 犯人の気持ちは……わからなくもない。看護師は、ほとんどが人の命を救いたいという思っているはずですが、終末期医療の現場は、救うというよりは看取るだけ。人が亡くなるのが当たり前になって、ご遺族への対応も事務的になってくると、自分は何のために看護師になったのかと、思い悩むことはあります」
都内の総合病院傘下で、主に終末期医療を受ける高齢者ばかりが入院するA病院に勤務する丸尾直也さん(仮名・30歳)が力なく語るのは、終末期医療という現場の過酷さであり、そこで働く医療従事者達の悲痛な叫びである。
「事件のあった病院では、 数か月で数十人が亡くなったと報道で見ました。それがすべて犯人によるものかはわかりませんが、我々の病院でも、医療ミスや看護師の不適切な処理で亡くなったと思われる患者さんが複数います。食べたくないという食事を無理にのどに押し込んだことで調子が悪くなった、点滴液の分量にミスがあったなど……。ただ、それが直接の死因かどうかなんてわかりませんし、調べません」(丸尾さん)
丸尾さんには、祖父が脳出血で寝たきりになり、介護した経験がある。祖父は体こそ動かなかったものの、意識はしっかりとしており最後の瞬間には祖父から“ありがとう”と声をかけられた。だからこそ、終末期医療の現場を志したし、血の通った暖かい気持ちで、患者や遺族にも接してきた。だが、現場ではあまりにも人の死が日常的で、近すぎた。それらは仕事であり、人が死ねば、できるだけ短時間で処理をし、遺体を遺族のもとに引き渡す、いわば流れ作業のようになっている。
「人の死には慣れたのかもしれません。ご遺族も、終末期医療施設に親族を入居させているということを理解していますから、亡くなったって病院の責任にする人はいないし“仕方ない”で終わる。横浜の事件は、そうした現場の雰囲気があったからこそ起きたのだと思うし、同じようなことが他で起きても驚かないと思います」