父が急死したことで認知症の母(83才)の介護を担うことになったN記者(54才・女性)が、美容院の効能について実感をレポートする。
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認知症の母の楽しみの1つは美容院だ。白髪染めとショートヘアを整えるために行くのだが、若くておしゃれなスタッフとおしゃべりし、お世辞を言われて笑う。今の母にとって“美容院の日”は、とても特別な1日になっているのだ。
◆沈む母の心を救った美容師さんとの会話
母が私の行きつけの美容院に一緒に通うようになったのは、父の葬儀前。生気を失った母の気分転換を兼ねて、連れて行ったのがきっかけだ。父が亡くなったのは12月。こう言ってはなんだが葬式ラッシュの時期で、臨終から葬儀まで6日間も待たされた。
その間、母は私の自宅マンションに滞在していたのだが、ずっと無表情。ふと鏡を見ると私もひどい顔をしていた。せっかく時間はあるのだ。葬儀には久しぶりに会う親戚や父の友人、私の仕事仲間やママ友も来てくれる。
「そうだ、美容院へ行こう!」
少々不謹慎な気もしたが、父を送り出す大切な式典。母とともに清々しい気持ちで臨みたかった。
美容院ではいつものように元気なスタッフに迎えられ、白く明るい店内が、いつにも増して別世界のようだった。
「あー、もうちょっとこっち。そっちじゃなくて…」
「えーっと、ここですか? このへんかな(笑い)?」
ひと足先に母が向かったシャンプー台から、楽しそうに笑い転げる声が聞こえてきた。
若いスタッフに髪を洗ってもらいながら、定番の“おかゆいところはありませんか?”の質問に、母がいろいろ注文をつけているらしい。新人美容師さんにしてみれば、不意に返ってきた“おかゆい場所”の指示がおかしくてたまらなかったのだろう。
そして母にはその元気な笑い声が、鬱々とした空気を破る救いだったのかもしれない。シャンプーが終わり大きな鏡の前に座った母はなんとも晴れ晴れした顔になっていた。そんな母を見て心底ホッとした。美容院、大正解だった。