クルマをめぐるトラブルが多くなっているのは中国も同じだ。現地の情勢に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏がレポートする。
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台風の上陸で洪水被害に揺れる中国で、人々の目がある一つの殺人事件に注がれている。新聞の見出しで「反殺」と表現された事件は、8月27日に江蘇省昆山市の路上で起きた殺人事件で、きっかけは交通トラブルであった。被害者・劉海龍の名前から「龍哥事件」とも呼ばれている。
夜9時半、36歳の劉の運転するBMWは41歳でホテルの従業員の于海明の乗る電動自転車と交差点で接触した。当時、劉は酒を飲んでいて強引に交差点に進入したという証言もあった。
事故後、当事者同士の言い争いが発生したのだが、まずBMWから降りてきたのは、助手席に乗っていた劉の仲間だった。
劉は、後にネットでも話題になったように元「黒社会」のメンバーであり、全身にびっしりと刺青を入れていた。その仲間であれば、当然のこと手もはやい。于へは早い段階で暴行が始まったとされている。だが、このときは同乗していた女性たちが車から降り、止めに入ったことで収まり、ほどなく同乗者は車に戻ったという。
だが、なぜかこの瞬間、劉が運転席から飛び出し、于を激しく怒鳴り上げると、暴行を加え始めた。そして怒りが収まらない劉は、車に戻ると、積んであった刃渡り4.3㎝のナイフを取り出し、于の頭を目がけて何度も振り下ろしたのである。
恐怖を感じた于も反撃に出て、劉と激しくもみあった末にナイフを取り上げ、逆に何度も劉を刺したという。およそ7秒間の襲撃だったが、その間に劉には致命傷となった一撃を含め、計5ヵ所に深い傷が残った。慌てた劉はBMWまで逃げたが、そこでも于は執拗に襲い、とどめを刺した。
これが「反撃殺人」の顛末だが、事件が報じられるとネットを中心に大きな議論が巻き起こった。サイトによっては、于の正当防衛は成立するのか否かについて意見を求めるものまであらわれるほど、議論が白熱した。8月28日から、連続で「龍哥事件」の閲覧数がランキングの上位を維持したのである。
結局、昆山市公安局が9月1日付で声明を発表し、于の正当防衛が認められるとの見解を示すまで盛り上がりは続いたのであるが、このニュースが注目された背景には、実際に交通トラブルで怖い思いをした経験を持つ者が多いことが背景にあるのだろう。その意味では日本の「あおり運転」と似ているのかもしれない。