父の急死で認知症の母(83才)の介護をすることとなったN記者(54才・女性)が、認知症介護の現実を明かす。
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「家族に迷惑をかけないため」を大義名分に散歩を日課にしている母。認知症になってからはよく迷子になるものの、勘なのか運なのか、必ず無事に帰って来る。だが、そろそろ心配だ。自由を守るか安全確保か、家族にとっては悩みどころだ。
父がまだ元気だった7年前の初冬。両親のマンションを訪ねると、昼過ぎに散歩に出た母が夕暮れになっても帰って来ないということがあった。
「お金も持たずに出たのに、 こんなに遅くまで連絡がないなんておかしいでしょ!」と、父を責め、捜しに出かけた。外はもう暗く、いよいよ不安が募った。少し捜してダメなら警察だ…と、覚悟を決めると目の前にタクシーが止まり、なんと母が降りてきた。しかも運転手を従えて。
「あらNちゃん! ちょうどよかった。運転手さんにお金払っといてくれない?」
運転手に事情を聞くと、交番の巡査に止められ、母を送ってほしいと頼まれたという。 マンションから駅前の交番まで起伏のある道のりを、母は3~4時間さまよい、しかし事故にも遭わず帰って来た。その機転と幸運に心底感心し、苦言を放つ気も失せた。
母はその後、認知症と診断されたが、4年前、今のサ高住に転居してからも散歩はやめず、案の定、初めての街で何度も迷子になっている。ケアマネジャーからはGPS携帯電話を提案されたが、昔から機械が苦手な母は頑として拒否。仕方なく、サ高住の事務所と私の連絡先を書いた札をズボンベルトにくくりつけた。
こんなアナログな方法は甚だ不安だったが、迷子先では札を見せて助けを求め、あるときは公衆電話から小銭で自らサ高住に電話をかけ、迎えに来てもらったこともある。
「道がわからなくなれば助けを求められる。徘徊じゃないですよ」と、ケアマネジャーは言ってくれる。
幸運だが認知症は確かなのだ。次も同じように助かるとは限らない。それでも母は、
「歩いて鍛えないと、Nちゃんたちに迷惑かけるからね」
やる気満々の散歩の安全対策は、いまだ何もできず、母の帰巣本能任せのままだ。
◆GPS機器で母を見張るのには抵抗が…
気ままに歩いて、いろいろな人や風景とすれ違うときの母は本当に生き生きしている。迷子になっても、不安に負けずに助けを求めてピンチを切り抜けるスリルが、母を奮起させているのではとも思う。
そんな母にGPS機器を持たせることは、何かこっそり母を管理しているようで、実は私自身にも抵抗があった。でもある日、ケアマネジャーのこんな助言で、心が動いた。
「Mさん(母)の好奇心を陰から支えると考えてはどう? 外へ行こう、家族のために体を鍛えようという意欲は、高齢者には代えがたいもの。最近は靴などにも装着できる気軽なGPSもあるのよ」と。
そうか。母の運頼みでは、私も常に不安を抱えたままだ。
そして再び事件が起きた。用事で母のサ高住を訪ねると、間もなく暗くなるのにまだ散歩から帰って来ていなかった。胸騒ぎがして飛び出し、また住宅街をやみくもに捜しつつ、「どうしよう…警察? まずサ高住の事務所に電話だ!」と、焦って電話をかけると、「Mさんなら、さっきお帰りになって、今、食堂で夕飯食べてます~」と、のんきな声。
事故に遭わないラッキーな強運は母に任せて、私のためにやっぱりGPS導入だ!
※女性セブン2018年9月27日号