【著者に訊け】塩田武士さん/『歪んだ波紋』/講談社/1674円
【本の内容】
新聞記者の頃を振り返り、「ケアレスミスが多い記者だったので、間違える怖さを知っています」と塩田さん。その記者時代の経験が随所に生きている、ジャーナリズムの世界を描いた短編集。新聞や雑誌、インターネットの記事にもしも悪意が潜んでいたら──私たちが目にする情報の危うさと怖さが物語を通して浮かび上がる。
著者初の短篇集は「誤報」を描いている。「誤報と虚報」「誤報と時効」「誤報と権力」など、6つの短篇にはそれぞれ、今を映し出すテーマが埋め込まれている。最後まで読み通せば短篇どうしがつながり、1枚の絵が浮かびあがってくる鮮やかなしかけだ。
「逆算してプロットを考えたわけではなく、1作に3か月ぐらいかけて全力で書いていきました。5話目を書いているとき、それまで別々に書いていた4話の登場人物や事象がばーっと集まってきて。無理に伏線を回収する、というのではなく、この人間はここに、この事柄はここにはまる、とパズルがはまるように決まっていった。これは初めての経験でしたね」
「グリコ・森永事件」を扱ったベストセラー長篇『罪の声』とは異なる手法をあえてとったという。イトマン事件で逮捕された許永中を思わせる「安大成」という人物の書き方がカギになった。
「初め、『安大成』はもっとクローズアップするつもりやったんです。準備のさなかに、週刊誌やテレビに許永中のインタビューが大きく出て。何にも謎がなくなって、書けなくなってはじめて自分が『罪の声』の成功体験に引きずられてたことに気づいたんですね」
当初の構想を捨て、『安大成』を記号的な存在に退かせたことで、それまで感じていた閉塞感が消え、過去ではなく、現在と未来を描く小説になった。
新聞記者出身。本作にも自身の経験はふんだんに生かされているが、単なる「お仕事小説」を書くつもりはなかった、と言う。
「記者でもパン屋さんでもマエストロでも、なんでも替えがきくわ、という小説ではダメなんです。『罪の声』の反響でいちばん、多かったのは『虚実の境目がわからない』というものでした。それってまさしく今の時代そのものですよね。『歪んだ波紋』は、新聞記者が扱う、『情報』についてとことん突き詰めて考えたつもりです」
松本清張や山崎豊子へのあこがれが原点にあり、短篇の題も含めて、今回の作品のタイトルは清張作品からつけられている。「混沌とした時代の未来予想図、仮説を小説で提示したい」。21世紀の社会派作家はそう話す。
(取材・構成/佐久間文子)
※女性セブン2018年10月25日号