ライフ

平野啓一郎氏 差別にはうんざり、被害者に寄り添い書きたい

『ある男』を上梓した平野啓一郎さん(撮影/藤岡雅樹)

【著者に訊け】平野啓一郎さん/『ある男』/文藝春秋/1728円

【本の内容】
 物語の主人公は「城戸さん」。作者がたまたま見つけたバーで知り合った弁護士の男性だ。〈彼は自己紹介をしたが、その名前も経歴も、実はすべて嘘だった。しかし、私には疑う理由がないから、最初はその通りに受け取っていた〉。なぜ彼は偽名を使ったのか。それは彼が「谷口里枝」から、亡くなった夫が全くの別人だったと相談を受けたことが関係していた。城戸さんがのめり込んでいった〈ある男の人生〉とは。

 夫が事故で死んだ後で、彼は自分で語っていた経歴とはまったくの別人だったことがわかる。では妻が愛した人は誰なのか。

 小説やエッセイを通して、これまでも「私とは何か」について考えてきた平野さん。新しい小説は読者の意表をつく設定で、思いがけない角度からこのテーマに迫る。

「40才ぐらいになると別の人生もあったかもしれないと想像したりするんですね。人生は1回きりしかない。生まれ育ちのせいで不遇な環境におかれた人ならなおさら、自分はこのまま終わるのか、まったく違う人生を生きたいと思うんじゃないか。そう想像したところから物語が始まりました」

 夫は誰だったのか。妻は知り合いの弁護士に調査を依頼する。仕事を超えた熱心さで弁護士は見知らぬ男の背中を追い、他人の人生を生きることを選んだ男の痛ましい過去が徐々に明らかになる。

「小説の取材で、犯罪の被害者家族にお会いする機会はこれまでもあったのですが、今回初めて、つてをたどって加害者の家族にも話を伺いました。存在を消すようにしながら生きてらっしゃる姿に強い印象を受けました。裁判の傍聴もずいぶんしましたし、いろんなタイプの弁護士にもお会いしました」

 主人公の弁護士は、日本国籍を取得した在日三世である。社会的立場は高いが、ふいに差別的な言葉に直面することも。他人の過去を追いながら、彼自身の人生にも思いをめぐらせる。

「ヘイトスピーチなど、今の社会にある差別には正直、うんざりしています。SNSなどでは直接、批判もしますが、小説家としては、被害を受ける側に寄り添い、その人生を丁寧に書く方が仕事としてやりがいがあります」

 ふだん文学を読まない人にも自分の本を読んでほしいという。前作『マチネの終わりに』は20万部を超すロングセラーになった。

「“なぜ人を殺してはいけないのか”というテーマで『決壊』を書いたとき、1万人の純文学マーケットに向けて書くことに矛盾を感じました。文学に関心のない人にも読んでもらいたい。他ジャンルの表現者に刺激を与えたい。2つのことを考えて書くうちに読者層が広がっていった気がします」

◆取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2018年11月1日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

二階俊博・元幹事長の三男・伸康氏が不倫していることがわかった(HPより)
二階俊博・元自民党幹事長の三男・伸康氏が銀座のバーの 30代オーナーママと不倫 選挙期間中に所有タワマンに宿泊、演説を見守る姿も
NEWSポストセブン
悠仁さま、留学される可能性はあるか(撮影/JMPA)
筑波大学合格の悠仁さま、進学後の留学先候補に“昆虫の宝庫”マレーシアが浮上 秋篠宮さまと紀子さまも大学時代に同国への“調査旅行”で親交を深める
週刊ポスト
結婚後初めての誕生日を迎えた真美子夫人
大谷翔平、結婚後初の真美子さんのバースデーで「絶景」をプレゼントか 26億円で購入したハワイの別荘は青い海と白い砂浜を堪能できるロケーション
女性セブン
幼少期から小学生相手にカツアゲを行うなどしていたという(SNSより)
「緑色の自転車に乗って、小学生に暴力をふるいカツアゲを…」2度目の性犯罪で公判中のクルド人ハスギュル・アッバス被告(21)が地域を震撼させた幼少期「警察官に手を出し公務執行妨害も…」
NEWSポストセブン
大谷の母・加代子さん(左)と妻・真美子さん(右)
《真美子さんの“スマホ機種”に注目》大谷翔平が信頼する新妻の「母・加代子さんと同じ金銭感覚」
NEWSポストセブン
二階俊博・元幹事長の三男・伸康氏が不倫していることがわかった(時事通信フォト)
【スクープ】二階俊博・元自民党幹事長の三男・伸康氏が年下30代女性と不倫旅行 直撃に「お付き合いさせていただいている」と認める
NEWSポストセブン
トルコ国籍で日本で育ったクルド人、ハスギュル・アッバス被告(SNSより)
【女子中学生と12歳少女に性的暴行】「俺の女もヤられた。あいつだけは許さない…」 執行猶予判決後に再び少女への性犯罪で逮捕・公判中のクルド人・ハスギュル・アッバス被告(21)の蛮行の数々
NEWSポストセブン
司忍組長も姿を見せた事始め式に密着した
《山口組「事始め」に異変》緊迫の恒例行事で「高山若頭の姿見えない…!」館内からは女性の声が聞こえ…納会では恒例のカラオケ大会も
NEWSポストセブン
浩子被告の顔写真すら報じられていない
田村瑠奈被告(30)が抱えていた“身体改造”願望「スネークタンにしたい」「タトゥーを入れたい」母親の困惑【ススキノ首切断事件】
NEWSポストセブン
筑波大学・生命環境学群の生物学類に推薦入試で合格したことがわかった悠仁さま(時事通信フォト)
《筑波大キャンパスに早くも異変》悠仁さま推薦合格、学生宿舎の「大規模なリニューアル計画」が進行中
NEWSポストセブン
『世界の果てまでイッテQ!』に「ヴィンテージ武井」として出演していた芸人の武井俊祐さん
《消えた『イッテQ』芸人が告白》「数年間は番組を見られなかった」手越復帰に涙した理由、引退覚悟のオーディションで掴んだ“準レギュラー”
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 日本製鉄会長が激白「トランプに挑む覚悟」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 日本製鉄会長が激白「トランプに挑む覚悟」ほか
NEWSポストセブン