映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・篠田三郎が、映画『金閣寺』『大日本帝国』に出演した時の思い出や、演じてきた役柄の変化について語った言葉をお届けする。
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一九七六年、篠田三郎は三島由紀夫の小説を原作にした映画『金閣寺』に主演している。
「同じ原作で市川雷蔵さん主演の『炎上』という名作がありましたから、自分としてはおこがましいと思いながらも、それとは違う方向でやろうとしました。監督の薦めもあり、撮影の前に大徳寺の中のお寺に五日間ほど入ることになったんです。
朝三時か四時に起きて修行をして夜の九時には寝る。短い体験でしたので特別な発見があったわけではありませんでしたが、俳優って思い込みが大事だと思うんです。これだけのことを事前にやったんだとか、現地に何日もいて本物の匂いをかいできたんだ、とか。そういう経験が演じる上で自信になると思います」
一九八二年の映画『大日本帝国』では南方戦線で撤退中に秘密保持のために現地住民を殺してしまう軍人を演じた。
「『きけ わだつみのこえ』という本を僕は愛読していました。B級戦犯としてシンガポールのチャンギー刑務所で二十八歳の若さで刑死した木村久夫さんの言葉に感銘をしておりましたので、その本などを参考にして取り組んだ作品でした。西郷輝彦さんと殴り合うシーンではお互い本気になって、拳が喉に当たって声が出なくなって撮影中止になっています。それだけ自分を追い込んでいたんでしょうね。
ただ、大きな心残りがあって。僕の演じた江上という男は戦後にB級戦犯になって、そこに夏目雅子さんの演じる恋人がやってくる。その時、精神を病んだ江上が無表情のまま涙を流すという演技をすることになっていました。
その場面を撮るにあたり、前日にリハーサルをしました。その時は涙を流すことができた。ところが、いざ本番になるとなかなか泣けなくて。
舛田利雄監督は気持ちができるまで待ってくれました。ところが、一時間、二時間と経って焦ってしまい、結局は泣けませんでした。監督にはクランクイン前から『役を演じるのではなく、君が江上そのものになってくれ』と言われていたんですが……。
だから、あの映画には僕の『泣こう、泣こう』という表情が出ちゃっている。今なら、たとえ泣けなかったとしても、ただ睨んでいるだけで感情は伝わると分かるのですが」