バブルの終焉後、日本は“等身大の共感”が価値基準となり、名ばかりの“リーダー”に騙されなくなった。リーダー不在と言われる平成の終わり、政界、財界のトップにも庶民感覚が求められ、一方で国民や社員の権利意識や主張の声は日に日に高まっている。かつてのようにトップに立つ人物が自分の意志を貫いて支持を得ることは難しい場面も多い。とはいえ、人々が本当に求めているのは “共感できるリーダー”なのだ。
そんな中、歌舞伎の時代物で“リーダー”役の数々を演じ続けてきた中村吉右衛門の写真集(『歌舞伎俳優 二代目 中村吉右衛門』特別愛蔵版 小学館刊)が30万円という高額商品にも関わらず予約時点で完売し、話題となっている。ファンは、吉右衛門が演じてきた上司型ヒーローの姿に、かつての“リーダー”を見出し、主君のため命をかけ、家臣を統率する姿に涙を流し、胸のすく思いを共有しているという。
『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助(モデルは大石内蔵助。主君の仇討ちのため、赤穂浪士を従えて、敵の吉良邸に討ち入り。江戸の庶民は赤穂浪士たちに非常に同情的であったという)しかり、『勧進帳』の弁慶(源頼朝に追われる主君・義経を逃がすため、血気にはやる同僚をなだめて一世一代の大芝居をうって国境を越える物語)しかり。その姿は現代に移しかえると、上級~中間管理職と言ったポジションであろうか。
写真集に入っている芸談では、そんな上司型ヒーローが登場する演目について、あらすじから主人公の心意気までがたっぷり著されている。今や、20代、30代の世代は、管理職のストレスを目の当たりにし、「出世したくない」「上司になりたくない」と思う若者が多くなっているが、吉右衛門が演じ、語る真のリーダーのあるべき姿からは、学ぶべき点が多い。
インタビューで吉右衛門当人は「(実の祖父であり養父である)初代は吉右衛門劇団を取りまとめ、実父(初代松本白鸚)は東宝劇団でリーダーでしたから、名実共に“リーダー役者”だったと言えるかもしれません」と語る。現代において、吉右衛門は彼らの芸を受け継ぐ最後の“リーダー役者”。吉右衛門演じる登場人物の大きさ、懐の深さ、存在感を通して、現代の日本が失った憧れのリーダー像を感じとってほしい。