平成という時代を振り返ると、政治や経済の重大な局面で必ずその存在が見え隠れする。表の権力者たちを支え、動かし、時に揺るがす「フィクサー」たちだ。確かに昭和の時代にも暗躍した「大物フィクサー」はいた。舞台回しのスケールでいえば、平成よりはるかに大きかったかもしれない。だが、表の権力者が小粒化した平成の政界において「フィクサー」の存在感は相対的に増している。さらにいえば、彼らが「表の実力者」としての顔を持つことも特徴といえる。いったいなぜ彼らは、それほどの存在になり得たのか。
「食肉の帝王」と呼ばれた男がいる。肉牛の飼育から加工、販売、輸入まで手がける食肉業者ハンナングループの総帥・浅田満氏(79)だ。
食肉業界という“聖域”に潜むフィクサーだった浅田氏の名前が知られたのは2001年の狂牛病(BSE)問題が発端だった。
日本で最初のBSE感染牛が発見されると、農水省は国産牛の全頭検査を決定、さらに「消費者の不安を取り除く」という理由で検査前に処理されて保管されていた国産牛肉を国が買い取り、全量焼却処分することにした。
BSE発生からわずか3か月でのスピード決定である。
「BSEで牛肉が消費者に敬遠され、売れなくなったから国が食肉業者の在庫を税金で高く買い取る」という食肉業界保護政策であり、買い取りと焼却に総額293億円もの国費が投じられた。浅田氏は政界人脈を通じて農水省に働きかけ、この国策決定に大きな役割を果たした。なぜ浅田氏は国策をも動かせたのか。著書『食肉の帝王 同和と暴力で巨富を掴んだ男』で浅田氏の人物像と人脈を描き出したジャーナリスト・溝口敦氏が語る。