【著者に訊け】鶴谷香央理さん/『don’t like this』/リイド社/821円
【本の内容】
〈私の好きなもの ペプシの青くて長いやつ うな重 ピザの出前 フールーでアメリカのドラマを見ること 帰り道で 飛行機が大きく見えること それ以外はそんなに好きじゃない〉──インドア派のイラストレーター・吉田めぐみが、ふとしたきっかけで釣りと出会う。糸を垂らした先に広がっていたのは、表情をコロコロ、キラキラと変える水面や街の光景だった。小さな一歩が日常を変えていく様子を描き出す。
好きなもの、ではなく、これが嫌い、がタイトルになっているのが面白い。
「この漫画は、もともと友だちがやっているデザイン会社の『like this』というサイトで連載していたので、単純にその逆にしたら面白いかなと思ったんです。私自身、主人公と同じようにまず否定から入るところがあるんですけど、好きと嫌いははっきり分かれているわけじゃなくて、最初苦手だと思っていたものがだんだん好きになったり、ひとつのものに対しても好きな気持ちと嫌いな気持ちが共存していたりするのが自然な感覚なんですよね」
ソーシャルゲームのキャラクターデザインをしている主人公は筋金入りのインドア派だが、新たに始めた釣りを通して、それまで苦手だと思っていた世界に少しずつ目をひらかれていく。
「家の近くに釣り場があるので、これを機に釣りを始め、それを漫画に描こうと。実際にやってみると、自分には狩猟本能みたいなのがあんまりないことがわかりました(笑い)。大物を釣ることよりも、釣りをしながら見える景色のほうに興味があるみたいです」
エサの生きたイソメを手でちぎれずハサミで切ったり、海釣りの途中で雨に降られたり。作品に描かれるできごとはぜんぶ、鶴谷さん自身が経験したものだ。
「ほぼ個人的な感動だけでできている漫画です。雨で波打つ海面は、本当に不思議で、すごくいい景色でした。釣ったハゼやイカも実際にさばいて料理したんですけど、昔、レストランでバイトしていたときにイカのさばきかたを教わったのが役に立ちました」
人物よりも景色が描きたくて、インドア派の主人公が外に出る漫画にしたと言うが、主人公や、周囲の人物にも飄々とした独特の魅力がある。
「私は漫画の登場人物に周りにいる人を使ってしまうことが多いんです。主人公のモデルはゲームのイラストを描いている友だちで、すごく忙しいのに淡々と仕事をしているのがかっこよく見えたので。喫茶店『たぬき』のマスターは、昔、よく実家に来ていた、元ホテルマンのダンディなおじさんだったりします」
(取材・構成/佐久間文子)
※女性セブン2018年12月20日号