ライフ

森見登美彦氏、小説を書いたり読む究極的な理由とは?

新著『熱帯』を上梓した森見登美彦さん(撮影/黒石あみ)

【著者に訊け】森見登美彦/『熱帯』/文藝春秋/1836円

【本の内容】
〈この夏、私は奈良の自宅でそこそこ懊悩していた〉。小説家〈森見〉さんは次にどんな小説を書くべきかが見つからず、〈小説家的停滞期〉にあった。そんな時に読んだ『千一夜物語』が遠い『熱帯』(佐山尚一・著)の記憶を呼び覚まし、思いもよらぬ不思議な世界へと誘う──。森見さんが学生時代に夢中になって読んでいる途中で忽然と消えた『熱帯』の内容はどんなものか。謎の本を持ち寄り語り合う「沈黙読書会」への参加から、京都へ、満州へ、熱帯へと物語は縦横に広がっていく。

 幻の本をめぐる小説である。最後まで読んだ者はおらず、作者の行方も知れない。一冊の本の中に同じタイトルの別の本の世界が広がり、登場人物の語りを通して見たこともない世界へ連れて行かれる。

「連載を始めた時は単純な思いつきで、幻の本が出てくる小説が書きたいというだけだったんです。途中まで書いて、あまりの忙しさに小説を書くこと自体嫌になり、すべての連載をいったん中断したんですね。再開するまでに結構間が空いて、本を読むとはどういうことか、小説とは何なのだろうとかあれこれ考えて、いつのまにやらこういう形になりました」

 本を読む前と後では周りの景色がまるっきり違って見える。そんな読書体験を核に、世界を構築した小説でもある。

「何で小説を書いたり読んだりするんだろう、って考えた時期に、究極的には、ひとつの世界をつくって、そこを通り抜けたときに現実の見え方が変わるっていうことしかないと思ったんですね。そういう体験をそのまま小説にしてしまおうと」

 いったん足を踏み入れると物語から出られなくなってしまう感じは、作中にも登場する「千一夜物語」のようでもある。

「『熱帯』を中断していた時期に京都の古本市に父親と一緒に行き、父親が岩波書店のマルドリュス版全巻セットを衝動買いしたんですよ。借りて読み始めると想像したより面白くて、改めて自分でも全巻セットを買って。へんてこな話がごろごろつながっていくのも楽しかったし、調べてみるとかなり変な成立の仕方だということもわかって、『千一夜物語』が『熱帯』に流れこんできた感じですね」

 小説には、謎めいた「沈黙読書会」や、自分が読んだ「熱帯」について語り合う「学団」が登場する。森見さんの『熱帯』についても、熱心な読者や書店員が集まり、森見さんを囲んで、すでに何度か読書会が開かれたそう。

「読書会というものへの憧れはありますけど、ぼくはどういう立場でのぞめばいいのか(笑い)。自分がつくった世界だけど、基本的にはどう見るかは読む人の自由。思いがけない読み方を聞いて、『おお!』と驚いたりもします」

(取材・構成/佐久間文子)

※女性セブン2019年1月1日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

「複数の刺し傷があった」被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバムと、手柄さんが見つかった自宅マンション
「ダンスをやっていて活発な人気者」「男の子にも好かれていたんじゃないかな」手柄玲奈さん(15)刺殺で同級生が涙の証言【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
大阪・関西万博が開幕し、来場者でにぎわう会場(時事通信フォト)
「日本人は並ぶことに生きがいを感じている…」大阪・関西万博が開幕するも米国の掲示板サイトで辛辣コメント…訪日観光客に聞いた“万博に行かない理由”
NEWSポストセブン
ファンから心配の声が相次ぐジャスティン・ビーバー(dpa/時事通信フォト)
《ハイ状態では…?》ジャスティン・ビーバー(31)が投稿した家を燃やすアニメ動画で騒然、激変ビジュアルや相次ぐ“奇行”に心配する声続出
NEWSポストセブン
NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」で初の朝ドラ出演を果たしたソニン(時事通信フォト)
《朝ドラ初出演のソニン(42)》「毎日涙と鼻血が…」裸エプロンCDジャケットと陵辱される女子高生役を経て再ブレイクを果たした“並々ならぬプロ意識”と“ハチキン根性”
NEWSポストセブン
4月14日夜、さいたま市桜区のマンションで女子高校生の手柄玲奈さん(15)が刺殺された
「血だらけで逃げようとしたのか…」手柄玲奈さん(15)刺殺現場に残っていた“1キロ以上続く血痕”と住民が聞いた「この辺りで聞いたことのない声」【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
山口組も大谷のプレーに関心を寄せているようだ(司組長の写真は時事通信)
〈山口組が大谷翔平を「日本人の誇り」と称賛〉機関紙で見せた司忍組長の「銀色着物姿」 83歳のお祝いに届いた大量の胡蝶蘭
NEWSポストセブン
20年ぶりの万博で”桜”のリンクコーデを披露された天皇皇后両陛下(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
皇后雅子さまが大阪・関西万博の開幕日にご登場 20年ぶりの万博で見せられた晴れやかな笑顔と”桜”のリンクコーデ
NEWSポストセブン
朝ドラ『あんぱん』に出演中の竹野内豊
【朝ドラ『あんぱん』でも好演】時代に合わせてアップデートする竹野内豊、癒しと信頼を感じさせ、好感度も信頼度もバツグン
女性セブン
中居正広氏の兄が複雑な胸の内を明かした
《実兄が夜空の下で独白》騒動後に中居正広氏が送った“2言だけのメール文面”と、性暴力が認定された弟への“揺るぎない信頼”「趣味が合うんだよね、ヤンキーに憧れた世代だから」
NEWSポストセブン
高校時代の広末涼子。歌手デビューした年に紅白出場(1997年撮影)
《事故直前にヒロスエでーす》広末涼子さんに見られた“奇行”にフィフィが感じる「当時の“芸能界”という異常な環境」「世間から要請されたプレッシャー」
NEWSポストセブン
天皇皇后両陛下は秋篠宮ご夫妻とともに会場内を視察された(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
《藤原紀香が出迎え》皇后雅子さま、大阪・関西万博をご視察 “アクティブ”イメージのブルーグレーのパンツススーツ姿 
NEWSポストセブン
2024年末に第一子妊娠を発表した真美子さんと大谷
《大谷翔平の遠征中に…》目撃された真美子さん「ゆったり服」「愛犬とポルシェでお出かけ」近況 有力視される産院の「超豪華サービス」
NEWSポストセブン