日本人のマナーは世界に誇りうるもの、であるはずだが、細かいところを見ると、“難問”も存在する。大人力について日々考察を続けるコラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。
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日々の通勤電車はストレスの宝庫です。日本民営鉄道協会の「平成30(2018)年度 駅と電車内の迷惑行為ランキング」によると、電車の中で迷惑と感じる行為の1位に輝いたのは「荷物の持ち方・置き方」でした。そのうちの3分の2は「背中や肩のリュックサック・ショルダーバッグ等」をもっとも迷惑だと感じているとか。
たしかに、混んだ電車内でリュックを背負ったままの人がいると極めて邪魔です。ただ、むしろそういう「いい度胸」の人はどんどん減り、最近は体の前にかかえている人のほうが多数派になりました(石原調べ)。それだけに、今だに平気で背負っているマイペースな人をたまに見ると、ひときわ強く「おいおい」と感じるのかもしれません。
同じく電車がらみのマナーでは、12月17日からJR東日本が「エスカレーターでは歩かないで」キャンペーンを実施中。東京駅で係員が「歩かないでください」と呼びかけている様子が、ニュースなどで流れました。「エスカレーターの片側空け問題」については、ここ数年、鉄道会社側が再三再四「やめてくれ」と言い続けてポスターなどで啓発活動を続けています。私も3年前の夏に、ここで、片側空け問題を解決するための「大人的対処法」をご提案しました。しかし残念ながら、事態が改善する気配はありません。
それどころか、この話題がネットでニュースになるとムキになって「急いでるんだからしょうがないだろ!」「走る自由を侵害するのか!」と言い出す人が、コメント欄にわらわら湧いてきます。鉄道会社などがこれだけ口を酸っぱくして、エスカレーターでたくさんの事故が起きていることや、体が不自由で右側にしか立てない人がいかに困っているかを訴え、そもそも両側に立って乗ったほうが多くの人をスムーズに運べるというデータを提示しているのに、頑なに「片側空け」に反対する人ってなんなんでしょう。
たぶんムキになって反対する人は、関東で言えば右側に立っている人の後ろで平気で舌打ちしたり、こっちの荷物にぶつかっても逆にこっちをにらみつけたりするタイプに違いありません。そういう厚顔無恥な行為や余裕のない心持ちを恥ずかしいと感じてくれる日は、永遠に来ないのでしょうか。
いや、希望を捨ててはいけません。どうするのがマナーで何が迷惑行為かといった感覚は、時代によって大きく変わります。冒頭の「駅と電車内の迷惑行為ランキング」に話を戻すと、2000~2004年は「携帯電話の使用」が1位を突っ走っていました。しかし、その後は「座席の座り方」や「騒々しい会話・はしゃぎまわり等」「乗降時のマナー」などの後塵を拝しています。2000年には4位だった「たばこについて」(決められた場所以外で喫煙する、など)も下降傾向で、今年は12位でした。
電車内で携帯で堂々と話す人(そもそも携帯で通話をする人)は明らかに減ったし、全面禁煙の駅が増えて、そもそもたばこを吸っている人自体をほとんど見かけません。「電車の床に座る」も順位を下げる傾向にあります。それがカッコ悪くて恥ずかしい行為という認識が広がったのでしょうか。
もうひとつ注目したいのが「駅や電車内でのマナーは改善されたと思いますか?」という質問への回答。初めて項目に加えられた2007年は「とても改善された」「少し改善された」の合計が22.7%で、「とても悪化した」「少し悪化した」の合計が35.5%と、悪くなったと感じている人が多数派でした。しかし今年は、「改善された」派が28.3%で「悪化した」派が24.7%と、よくなったと感じている人のほうが多数派です。
エスカレーターで長い行列に並んでまでも動かずに立っている側に乗る大きな理由は、走ってきた人に舌打ちされたら嫌だから。「エスカレーターで走るのは恥ずかしい」という認識が広まり、走っている人が白い眼を向けられるようになれば、「片側空け問題」は一気に解決するでしょう。これまでの「マナーの常識」の変遷を見ると、それは決して夢物語ではありません。10年20年でガラリと変わる可能性は大いにあります。
いつかそういう世の中が来ることを信じて、エスカレーターでは悠然と立ちながら、横を駆け上がっていく人の背中に向かって心の中で舌打ちをしましょう。ただし、本当に舌打ちすると、相手はエスカレーターをさっそうと走る自分に酔っているのできっとケンカになります。心の中の舌打ちと同時に、走るのをカッコイイと思っている浅はかさを心の中でせせら笑うのも一興ですね。