科学の暴走との指摘された“事件”だが、その背景には深刻な危機感があったようだ。中国の情勢に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏が指摘する。
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中国の学者が、遺伝子組み換え技術によりエイズウイルス(HIV)に対する免疫を持った赤ちゃんを世界で初めて誕生させたと発表したのは11月26日のことだ。
話題の主である賀建奎・南方科技大学副教授には、その後、国内の科学者122人が連名で非難声明を発表するなど、世界中からの批判が集中。当局も調査に乗り出すなど社会問題へと発展した。
非難声明では「狂っているとしか形容しようのない人体実験だ」とか「人類全体に対するリスクは計り知れない」といった厳しい表現が並んだが、一方でエイズの広がりに対する危機感は、中国社会には根強い。
実際、12月1日の「世界エイズデー」に『中国新聞』が出したネット記事〈85万人の感染者の利益はいかに保障されるべきか〉のなかでは、いまでも毎年約8万人の新たな感染者が出続けていることが報告されている。
感染の経路は、69.6%が異性間、25.5%が同性間という。母子感染は、2012年の7.1%から4.9%に下がっているが、それでも決して小さな数字ではない。
さらに中国では、エイズウイルスの感染者であっても、自らが感染したことを自覚しないまま過ごしてしまう者も多い。病院が身近にない地域も多く、感染者にも時間的、金銭的な余裕がないことが原因だが、これが中国社会にとって、大きな悩みになっているというのだ。
実際、同記事のなかでも“隠れ感染者”の存在をにおわせる記述は見つかる。では、一体どのくらいの“隠れ感染者”が中国に入るのだろうか。
この一つの答えとして注目されたのが『南方都市報』の記事、〈国家衛生健康委員会 我が国では未だ40万人のエイズウイルス感染者が発見されないまま〉である。
医療の手が届かないところで感染が拡大すれば、消滅には長い時間がかかる。これも新たな南北問題となろう。