「私は生まれてこのかた、自分を女性と思ったことがなく、20才までは男性だと信じていました」
明るく話してくれたのは、美容ライターの和泉直さん(30才)。アロマンティック・アセクシャルであり、女性として生まれてきたが、自身のことを男性として認識しているXジェンダーでもある。アロマンティックとは「他者に恋愛的に惹かれることがない人」を意味し、「アセクシャル」とは「他者に性的に惹かれることがない人の総称」だ。
和泉さんは幼い頃から女の子の輪にうまくとけ込めず、集団から浮きやすかったため、学校で嫌がらせを受けることも多かった。友人として仲よくなるのはほぼ男性で、友達だと思っていた男性から告白された時は傷ついたという。
「自分が女性として見られていると知ってショックでした。“友達じゃなかったんだ”って。その頃は、自分を男だと思って男性と接していたので、女性からは『男に媚びを売っている』と嫌われ、『女としての自覚を持たないと社会に出てからやっていけないよ』と忠告されたこともあります。そうしてやっと、女性と男性は、どうやら違うものらしいと頭で理解できました。魂が宿る容れ物(身体)が違うだけではなかったのか、と」(和泉さん)
自分は女性であると意識し、メイクしたり、こまめに美容室へ通ったり、スカートをはいて女性向けファッションを身につけ始めた和泉さん。しかし、いくつになっても「恋愛感情」とは無縁だった。
「男性に対して『いいな』と思うことはあっても、それは、『あんな筋肉ほしいな』というような憧れでしかないんです。性的な欲求はなく、“抱く、抱かれたい”という意味がわかりませんでした」(和泉さん)
どうすれば恋愛感情や性的欲求がわくのかと周囲の人に尋ねたり、告白された相手と実際に交際してみたこともある。心理学の本も片っ端から読んだが、理解に苦しんだ。誰かと恋愛関係になってみたいという願いは果たされることなく、その先にある結婚や新たな家庭を築くことも諦めていた。
「もう、ひとりで生きるしかない」とひそかに決意していた和泉さんだが、約4年前、1人の男性と出会った。和泉さんのセクシャリティーを知っても彼は何も言わず、普通に接してくれた。
「それが何とも言えず心地よかった。食事をしていても、おいしいと思うタイミングが同じで、ふとした言葉がかぶったりして、それまでに経験したことのないシンクロ感でした。将来、彼と疎遠になるのは寂しい、できるなら一生そばにいたいと思ったんです。さまざまな覚悟を決めて、私から『家族になりませんか?』と提案しました」(和泉さん)
彼は、和泉さんの提案を受け入れた。東京都では戸籍上異性のパートナーシップが認められていないため、現在は別世帯で同居するルームシェアの状態だ。「夫婦」という関係には違和感があり、入籍はせず、あくまで信頼に基づく家族関係だという。