私立中進学率の高い東京都世田谷区で、「越境してでも行きたい」と人気となっている公立中学校がある。世田谷区立桜丘中学校だ。校則は全廃され、理科の授業での3Dプリンター導入や、スマホ・タブレット使用可能など革新的な授業にも取り組んでいる同校では、いじめが激減。校内暴力も消え、有名校進学数も平均学力も区のトップレベルだという。
2月に入ってからだけでも、山形県内の高校の空手部に群馬県内の高校の剣道部と相次いで体罰が問題になった。校内暴力の風が吹き荒れる1980年代から40年近く経とうとする現在でも、力で生徒を押さえ込もうとする教師は存在する。
一方でモンスターペアレントに教師が畏縮したり、東京・町田市内の高校で生徒が挑発し、教師が暴力を振るう動画が拡散されて大きな議論を巻き起こすなど、先生と生徒の関係は複雑化している。
「お互いを信用できないような関係は、不幸でしかない」
そう言い切る桜丘中学校の西郷孝彦校長(64才)にとって、先生と生徒はあくまで“対等”だ。
「上から目線で指導する教師がいますが、教師と生徒も本来、“人間として対等”の立場であるはずです。
偉い人間が劣った人間を管理するのではなく、ともに教え、教えられるという関係にあると思っています」(西郷校長・以下同)
桜丘中学校では年に2回、生徒が好きな先生を指名して語り合える「ゆうゆうタイム」という取り組みがある。話す内容は、進学や家庭の相談だけでなく、思春期ならではの恋バナが飛び出すこともある。秘密は厳守されるため、身構えることなく、先生に本音の相談をすることができる。
「ゆうゆうタイム」は先生の成長のきっかけにもなる。人気のある先生に生徒が列をなす一方で、生徒からまったく声がかからない先生も。
「するとその先生は、なぜ自分のところに生徒が話しに来ないのかを、考えるようになるわけです。自分の何がいけなかったのか、これから生徒に対してどう接していけばいいのかを、自問するようになります」
だが、それが生徒に好かれようとしてご機嫌取りになったとしたら、どうだろう。
「うわべだけ取り繕っても、“あの先生は調子いいだけで、責任感がない”と生徒はちゃんと見抜きます」
先生と生徒の間に信頼関係が生まれると、荒れていた生徒にも変化が訪れる。
入学して、毎日のように物に当たり壊したり、教師に悪態をつく生徒がいた。いわゆる問題児だが、彼はスポーツが得意で、2年生になって、駅伝大会に出場することになった。この時、西郷校長以下、副校長、学年の先生が全員で会場までその生徒の応援に出かけた。
「まさかわれわれが総出で、自分を応援に来るとは思わなかったのでしょう。彼は発奮し、前を走る選手を5人もゴボウ抜きにしましたよ」
この日をきっかけに、この生徒は大きく変わっていった。次第にクラスにとけ込み、ついには学級委員長を務める。
「今でも、『女性の先生に向かって“クソババア!”と言っていたのは誰だっけ?』と言うと、きまり悪そうに照れ笑いをします。
教師が生徒に本気で愛情をもって、ひとりの人間として対等に接すれば、子どもにはちゃんと伝わるのだと思います」
※女性セブン2019年3月14日号より一部抜粋