実は、能楽の舞台で志の輔が落語をやるのはこれが初めてではない。志の輔は2004年、青山・銕仙会能楽研修所の舞台で茂山家の狂言とトーク、落語一席という構成の「満月の會」を毎月開催している。このとき志の輔は正面と脇正面どちらからも見やすいよう舞台に斜めに座ったが、目の前に目付柱があるのに慣れず、苦労したという。
だが銀座の観世能楽堂は能狂言以外の公演のために目付柱を取り外せる仕組みで、何の問題もない。この能楽堂公演において志の輔は「伝統の空間だからこそ落語で『日本の心』を表現しよう」と考え、前半は新作で現代の日本をユーモラスに描き、後半は『新・八五郎出世』(2017年)や『徂徠豆腐』(2018年)、『井戸の茶碗』(2019年)等の古典で日本の古き良き人情を表現した。まさに「空間を大事にする」志の輔ならではの発想ではないか。
そんな「空間を活かす志の輔らくご」の代名詞が、渋谷・パルコ劇場での正月興行。建物の改築で2016年をもって休止したが、いよいよ来年には復活する見込み。装いも新たな空間でいかに魅せてくれるか、楽しみだ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年3月8日号