日本人の死因第1位であるがん。これまで長く、「見つけたら切る」が治療の常識だった。外科手術でがんをすべて切除すれば再発の可能性が減るという前提に立ち、「早期発見、早期切除」が大目標とされてきた。
だが近年、その常識が変わってきている。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏が解説する。
「体にメスを入れる手術は当然ながら、患者への負担が大きい。大腸がんなら人工肛門になる、胃がんなら食事が難しくなるなど、術後の生活に大きな支障をきたすデメリットもある。かつては他に選択肢がありませんでしたが、医療の進歩により、がんの部位やステージによっては手術以外を選んだほうがいいと判断する専門家も増えてきています」
とりわけ歳を重ねるほどに「手術を受けない」という選択は有力になってくる。
日本人男性に最も多い胃がんは、胃の一部、または全部を切除する手術が標準的な治療法だ。ただし、歳をとってからの発見であれば、話は少し変わってくる。
「私の胃にがんが見つかったとして、80歳を超えていたら全摘手術は受けません」とするのは、北里大学病院一般・消化器外科の比企直樹医師(56)だ。
「近年は高齢の患者への胃がん手術が増えていますが、80歳を超えてから全摘手術を受けると、術前の5~6割程度まで食事量が減り、体力や筋力が激しく落ちます。
仮に手術で胃がんが切除できても、身体が衰弱して痩せ細ると、他の病気で死亡するリスクが増える心配もある。しかも術後は、ご飯をおいしく食べるという人間の根源的な喜びが奪われて、気力を失ってしまうケースが目立ちます」(比企医師)