「この絵に描かれているのは何でしょう?」「この人はどんな気持ちなのでしょうね」「この絵を見て、何かよみがえる思い出がありますか?」
一枚の絵の前に参加者数人が座り、ひとりのアートコンダクターがさまざまな質問を投げかける。すると、参加者が思い思いに答え、その答えにうなずいたり、別の発見を語ったり。絵画鑑賞というより、活気あふれるセッションだ。
これは、ニューヨーク近代美術館で行われている認知症の人のためのアートプログラムにヒントを得て、日本人向けに開発された対話型アートプログラム『アートリップ』。
「世界中の名作を、単に絵を見るだけではなく、そこに描かれた世界に入り込み、時空を超えた旅をするのです」
そう語るのは開発者でアーツアライブ代表の林容子さん。自身もコンダクターとして、多くの高齢者や認知症の人とアートの旅を楽しんでいる。日本では国立西洋美術館(東京)をはじめとする美術館、高齢者施設、認知症カフェなどで開催中。約1時間、少人数で絵画を4~5点鑑賞する。
「名画を見て、感じたことや心に湧き起こった情感を発信し、コンダクターや隣人とその場で語り合うことでより大きな感動になります。
このプログラムは認知症以外の人も隔たりなく参加できるのですが、驚くことに、絵から何かを感じたり発信したりする感性は認知症のあるかたがいちばん豊かだと感じます。
以前、コローの『ナポリの浜の思い出』を鑑賞しました。19世紀に描かれた名画ですが、ある認知症の女性は終戦時にいた中国の浜辺を、またある女性は疎開先の福島の浜辺を思い出したと言って、涙を流しながら見ておられました。
名画のもつ力と、女性たちの人生の奥深くに刻まれた思い出がクロスオーバーしたようで感動的な場面でした」
『アートリップ』は国立長寿医療研究センターとの共同研究で、認知症の危険因子であるうつ状態の改善への効果も確認されている。
※女性セブン2019年3月14日号