【著者に訊け】町屋良平氏/第160回芥川賞受賞作『1R1分34秒』/1200円+税/新潮社
「ちょうど小説を本格的に書き始めた頃に通い始めて、2年前にやめました。プロには結局、手が届かなくて」
だが小説はプロになった。2016年に第53回文藝賞受賞作『青が破れる』でデビューし、1月に第160回芥川賞を『1R1分34秒』で受賞した町屋良平氏は、「僕は生活と作品をあえてリンクさせて書くタイプ」と、かねて公言してきた。
本作の主人公〈ぼく〉は初戦こそ初回KOで飾ったものの、以降は2敗1分と負けが込む新人ボクサー。そして〈敗けたら引退〉の覚悟で臨んだ対〈近藤青志〉戦の模様が冒頭には綴られてゆくのだが、実はこれもビデオの中の負けた自分を見ている、彼の回想なのだ。つまり次戦が決まるまで彼はその敗戦の記憶を抱えて生きねばならず、本書はそんなやるせなく不可逆な、時間を巡る物語でもある。
「例えば『青が破れる』でプロをめざしジムに通う主人公は投稿時代の自分、本作では小説家として本当にやっていけるのか、不安になり始めた頃の自分が投影されていて、僕はその時々の自分という運動体を、作品化したいと思っています。
これはボクシングを始めて実感したのですが、昨日の自分と今日の自分は同じ自分でも別物で、筋力一つにも常に揺れがあるんです。そんなふうに日々変化する自分や世界を僕らは一定の言葉に押し込め、認識したつもりでいる。けれど、そこからハミ出た差異やズレをそのまま引き受け、言語によって凝縮させるのも、小説の役割だと思うので」