映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、井上ひさしの戯曲を書いた舞台に出演し始めた渡辺美佐子が、大衆演芸の女座長を演じることとなった思い出について語った言葉をお届けする。
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渡辺美佐子は一九七九年に井上ひさしが戯曲を書いた舞台『小林一茶』に出演している。
「それまでも井上さんのお芝居を拝見していたのですが、私みたいにぶきっちょな俳優には務まらないと思っていました。井上さんのはわりとコメディタッチのものが多かったので。
『小林一茶』では女の役は全て私一人でやりました。ただ、なかなか本が出来てこなくて。原稿が毎日少しずつ送られてくるんですよ。それでも来るページがいつも面白くて。
結局、全部で十章あるんですが、十章目はできていないまま舞台稽古に入っちゃったんです。それで初日を一日延ばしたのですが、とにかく最後の十章は私が出てないといいな、出ていてもセリフが少ないといいな、と思っていたら、他の誰よりも一番いい役でした」
八二年には井上の戯曲による一人芝居『化粧』に主演、楽屋で化粧をしながら本番の準備をする旅一座の女座長を演じた。
「最初に井上さんは『一人の女が舞台に立つ。その女が自分の母親について話し始める。いつの間にかその女が母親になっている。その女がまた自分の母親について語っているうちに母親になって──というのを繰り返しているうちに、舞台に立ったのが猿だった、という展開にしたい』とおっしゃるんです。
私、動物園に行きましたよ。それでサルの立ち方を勉強したんですが、そのうちに井上さんから電話があって『大衆演劇の女座長の話に決まったよ』って」