【書評】『ネオナチの少女』/ハイディ・ベネケンシュタイン・著/平野卿子・訳/筑摩書房/2300円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツ統一後の一九九二年。ミュンヘンにほど近い小さな村で、本書の著者、ハイディは四姉妹の三女として生まれた。父は社交的な税関捜査官、母は周囲からも愛される主婦だった。ごくありふれたドイツ人一家に思える。
ハイディの父はナチズムの熱烈な信奉者だ。娘に徹底した思想教育を施し、ヒトラー・ユーゲントの再現を目指す団体の秘密キャンプに送るなどしてきた。いわゆる「ネオナチ」ではなく、〈正統派のナチ〉を自認する。
ハイディの両親は一九五〇年代半ばごろの生まれだろう。第二次世界大戦後のドイツは、ナチス・ドイツの暴力支配がもたらしたおぞましい帰結に対し、「過去の克服」を掲げ、被害者への補償、反ホロコースト教育などを含め、さまざまな取り組みをしてきた。
しかしハイディの父は、母親から〈第三帝国時代の自分の子ども時代がいかにすばらしかったか〉を聞かされ、強く影響を受けたという。人は記憶したいものだけを記憶するという一例であろう。
ハイディは、強権的な父が指し示すままに、〈ただ目の前の道を歩いていっただけ──その道が右へと曲がっていた〉という。父への反発心はあるものの、閉ざされた世界の中で彼女は成長していき、やがてネオナチの仲間とともに暴力的な行為にも加担した。とはいえ、どこか冷めていた彼女は、葛藤の末、十八歳で右翼社会から脱出する。