呼吸が体の健康にかかわることは言うまでもないが、心にも関係していることが近年の研究でわかってきた。呼吸の仕方で心身の状態が大きく変わるというのだ。
20余年にわたる研究成果を生かした呼吸筋ストレッチ体操で、高齢者施設や被災地などでも多くの人を元気にしているという東京有明医療大学学長の本間生夫さんに聞いた。
◆ネガティブな感情と一体になっている呼吸
呼吸といえば、全身のエネルギー源である酸素を取り入れ、代謝で出た二酸化炭素を排出するのが役割だが、本間さんの研究により、情動、特にネガティブな感情と呼吸の関係が明らかになってきた。
「呼吸には3種類あります。1つは『代謝性呼吸』といって普段、無意識に行っている呼吸。単調なリズムですが、体内の酸素と二酸化炭素の割合を調節し、人体にとって重要な酸塩基平衡(酸性・アルカリ性のバランス)を維持しています。脳の中の生命維持やコントロールを行う脳幹が司っています。
もう1つは『随意呼吸』。深呼吸やヨガなどで意識を集中して行う呼吸で、運動や感覚、人間らしい機能を司る大脳皮質が担当しています。
これらとは別に、喜怒哀楽などの感情(情動ともいう)によって起こる『情動性呼吸』があります。これも無意識の呼吸ですが、情動を司る扁桃体が担当し、感情と一体で発動します。
扁桃体は特に不安や哀しみ、苦悩などのネガティブな感情を作り出している中枢です。たとえばとても嫌なことがあると無意識に呼吸が速くなり、よく“心臓がバクバクする”などと感じることがありますが、最初に変化するのは実は呼吸。平常時の『代謝性呼吸』を抑え、感情と一体の『情動性呼吸』が優位になるのです。そして呼吸が速くなったことで自律神経に影響し、心拍数が上がるわけです。
この速くて浅い呼吸はネガティブな感情によって起こり、浅い呼吸が続くことでますます不快感情は増長します。しかし、逆に意識して深くゆっくりとした呼吸をすることで、不快な感情を和らげることもできます」
◆姿勢やストレスで高齢者は悪い呼吸になりやすい
つまり、深くてゆっくりと行うのが“よい呼吸”、浅くて速いのが“悪い呼吸”だ。
「ゆっくりと安定的な深い呼吸は、効率よく酸素と二酸化炭素の出し入れができます。
一方、浅い呼吸で充分に出し入れができないと、体内のエネルギーが生み出せず、筋肉や脳、そのほかの臓器の働きもすべて低下します。
また呼吸は自律神経とも関係しているので、呼吸がうまくいかなければ心身ともに疲れやすく、病気も呼び、老化を早めることにもなります」
浅くて速い“悪い呼吸”は、肺の器質的な問題やストレスなどの精神的な問題が要因だが、いずれも加齢による影響は大きいという。
「呼吸を行う肺の機能は加齢により低下しますし、猫背などの悪い姿勢で肺を囲む胸郭が充分に広げられなければ、当然、よい呼吸はできません。
また、高齢になると残気量が増えます。残気量とは、息を吐き切った時に肺に残る空気の量で、これが増えると実質的な容量が減って、深く吸い込めません。高齢者が息切れしやすいのはこのためです。
そして老い衰えることで常に不安がつきまとい、どうしても呼吸は浅くなりがちです。高齢者こそ、今の呼吸を見直してほしいのです」
※女性セブン2019年3月28日・4月4日号