情報を守り、自由を保持するために、送るメッセージの秘密を守りたい。そんな人のために開発されたアプリ(メッセンジャー)は、送信した内容を記録ごと自動的に消去する機能を持つ。機密性の高さで人気を集める一方で、オレオレ詐欺の世界で広まり犯罪にも利用されている。ライターの森鷹久氏が、ますます見えないところへ潜って活動し、ネットワークを広げるオレオレ詐欺の世界についてレポートする。
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ついに起きてしまった「アポ電強殺事件」。逮捕された男のうち一人は、SNS上で「音信不通になったオレオレ詐欺の受け子」として顔写真が晒されていた。この事例からはオレオレ詐欺に加担する人たちの遵法意識の低さがうかがわれるが、それだけでなく、彼らがネットを介して知り合い、簡単に犯行に手を染めている様子や、その実態も見えてくる。
筆者もこれまで、オレオレ詐欺グループの実情について受け子や出し子たちが「保証金」を支払わなければならないほど、詐欺グループ内の人間関係が崩壊しているなどといった詳細を記してきた。今回は、実際にSNS上で詐欺などの「裏仕事」をやってきたという複数の人物と接触。彼らが生息する「詐欺業界の末端」で何が起きているのかを聞いた。
「大学を辞めて学生ローンから借りた借金が70万円あった。パチンコにもハマっていて、とにかく切羽詰まっていた時に、ツイッターで“高額バイト”とか“闇バイト”などとうたい仕事の募集をしているアカウントを見つけ、返信したんです」
南関東在住のアルバイト・横山茂樹さん(仮名・27歳)が、ツイッターを通じて「裏バイト」に募集したのは、ちょうど一年半前のこと。ギャンブルで作った借金に加え、浪人や留年を繰り返した末に大学を辞め、自暴自棄になっていた頃だった。
「すぐDM(ダイレクトメール)で、と返信が来ました。DMでは“明日から仕事できますか?”と聞かれましたが、どんな仕事かを聞くと“まずはGメールに登録してください”と言われて。最初意味がわかりませんでしたが、新しくアカウントを作りました」(横山さん)
Gメールは、グーグル社が提供する無料のメールサービスで、同社によれば世界のアクティブユーザーはおよそ10億人。誰もが気軽に使える、安心、安全のサービスとして認識されているが、詐欺グループはこのGメールを連絡ツールとして利用した。
「Gメールのアカウントを作ると、相手にIDとパスワードを教えるよう言われました。メールでやりとりすると思っていたのですが、二人で同じアカウントに入り、下書きメールにお互いに書き込んで連絡を取り合うんです。こうするとバレない、と言われました」(横山さん)
実はこの方法、辞任したCIA長官が不倫相手との連絡方法として用いたことでも知られるが、諜報機関に所属するスパイたちが仲間と連絡を取り合うのに使った手法でもある。メールでのやりとりがなされないため情報が拡散しないのだ。そして、Gメールサイトにアクセスした形跡は残っても、下書きメールをその都度消していけば、どんなやりとりをしていたかもメールの中味を見られただけでは分からない。