「海があって山があって、街があるけれど夜が早い。そんな鎌倉の街には、暮らしのためのあらゆるものの専門店が多い」──。そう語るのは、鎌倉在住の作家・甘糟りり子さん。人気の街・鎌倉での暮らしを彩る逸品に迫ります!
芥川龍之介や川端康成、夏目漱石など、数多の文豪が愛した街、神奈川県鎌倉市。面積40平方キロメートルに満たないこの地は、2019年度も『住みたい街ランキング』10位に選ばれるなど、衰え知らずの人気を誇る。
現在、代官山 蔦屋書店(東京・渋谷区)でも鎌倉展を開催し、話題だ。この街の何が私たちを惹きつけるのか?
「鎌倉在住の作家・甘糟りり子さんの『鎌倉の家』を読んで、それまで“観光地”のイメージでしかなかったここにも住まう人がいて、地元の人が“普段遣いする鎌倉”こそ魅力的だと感じたんです。そこで甘糟さんにセレクトいただいた、鎌倉らしいプロダクトを展示・販売することになりました。老若男女を問わず、多くのかたが足を止めています」(同店の太田千亜美さん)
そこで本誌・女性セブンは、同展で見つけたメイド・イン・鎌倉の逸品とともに、その個性を生み出す“職人たち”を直撃!
◆武家文化の名残と海がもたらす開放感
約30年にわたり県民性を研究し、『新・出身県でわかる人の性格』(草思社文庫)などの著書がある岩中祥史さんは、鎌倉という土地の個性をこう分析する。
「絢爛豪華な京都の公家政治から独立し、質実剛健をモットーとする武家政治がスタートした地。そんな鎌倉の武家文化は、文学や絵画、彫刻、建築、造園、工芸などあらゆる分野で独特の発展を遂げていきました。それが後世の職人たちの創造性を刺激しているのではないでしょうか」
『鎌倉彫 二陽堂』の後継者・三橋鎌幽(みつはしけんゆう)さんは、まさにそんな武家文化継承者のひとり。今なお建長寺や円覚寺の仏具などを手がけながらも、前衛的な作風で新たなファンを増やしている。
「伝統を守るというと、古いものをコピーすると考えられがちですが、デザインや色、形など新しいエッセンスを加えて、時代が求めるものを作っていかないといけない。と同時に、自分が目にした感動や、鎌倉らしさを伝えるものを表現したい。私にとって、それが海でした」(三橋さん)
由比ヶ浜通りで23年間営業し、2017年10月に惜しまれつつ閉店した『井上宝飾店』は、有名スタイリストなどが足繁く通った有名店(今回は特別に在庫を出品)。実は1980~1990年代に東京・原宿で一世を風靡した伝説の店でもある。
「当時あまりなじみのなかったインディアン・ジュエリーを扱うようになってほどなくサーフィンが普及し、銀製品が流行りだしたんです。私たち夫婦もシルバーとトルコ石の独特な味わいに魅了され、アメリカ・カリフォルニア州のソノマに移住し、買い付けていました。1995年に帰国して鎌倉に住むことになったのは、カリフォルニアのような開放感を感じたからかもしれません」(同店の井上淑子さん)
◆手間を惜しまない食の豊かさも鎌倉らしさ
鎌倉を「地中海的ポテンシャルがある」と評したのは、イタリアンレストランと同食材などを扱う『オルトレヴィーノ』のオーナー・古澤千恵さんだ。
「海も山もある鎌倉は、スーパーに頼らずとも、市場や港、もしくは生産者の元に行って、直接食材を手に入れることが比較的簡単です。だからみなさんあれを買うならここ、あそこ…と、食材を調達する手間を惜しまないんですよね。そういう日常の豊かさを大切にするところが、イタリアに近い気がします」
25年にわたり、地元民にも観光客にも人気のカフェ『カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ』。オーナーの堀内隆志さんは、東日本大震災を機に、3店舗を1店舗に縮小した。
「幸い生き延びられたのですが、故郷の宮城では親戚の家が流されましたし、鎌倉でも計画停電があって、明日何があるかわからないなあと。だから素材選びから焙煎、ドリップまで全部責任を持ち、全力で濃く生きたいと思ったんです。たしかに忙しいですけど、充実しています」
東京・築地にある人気レストラン『東京チャイニーズ 一凛』が、2017年に鎌倉でオープンしたモダンチャイニーズ『イチリン ハナレ』は瞬く間に鎌倉を代表する話題の店となった。同店シェフ・齋藤宏文さんは、鎌倉出店時の覚悟をこう語る。
「もともと儲かりたいというより、中華のお店としてこの地に必要とされたいと思っていたんです。そのためには、常においしくて居心地のいいわかりやすい存在でいなきゃいけないし、歴史ある土地にお邪魔する以上、鎌倉を知らないといけない。ここに住んでいる人の感覚を第一に考え、模索していった感じです」
伝統にも技術にもあぐらをかかずにその道を極める職人たちには、どこかカラッとした風通しのよさも感じられた。そんな彼らの逸品、まずは手にとってみることをオススメします!
※女性セブン2019年4月18日号