毎朝8時15分を過ぎた頃、SNSには次のような投稿があふれる。〈今朝も感動しました!〉〈涙があふれて、字幕が読めませんでした〉。すっかり朝の「泣ける」ドラマになっているNHK連続テレビ小説『なつぞら』。中でも、草刈正雄(66才)の演技とセリフに感動する視聴者が多いのだ。
草刈演じる柴田泰樹は、ヒロイン・なつ(広瀬すず)が引き取られた北海道・十勝の柴田家の重鎮。18才の時に十勝にたったひとりで入植して荒れ地を切り開いたという人物で、偏屈で頑固な性格だが深い愛情をもった「大樹」のような男として描かれる。
30~40代の視聴者がグッときたというのは第4話。牛舎で朝から晩まで必死に働いたなつに泰樹が甘いアイスクリームをふるまい、こう諭すシーンだ。
《ちゃんと働けば必ずいつか、報われる日が来る。報われなければ働き方が悪いか、働かせる者が悪いんだ。そんなとこはとっとと逃げだしゃいいんだ。だがいちばん悪いのは、人がなんとかしてくれると思って生きることだ。人は人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていればきっと誰かが助けてくれるもんだ》
「逃げだしゃいいんだ」という言葉に救いを感じたという声も多かった。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)の著者でライターの木俣冬さんはこう話す。
「『逃げちゃダメだ』という考え方もありますが、現在は、『一生懸命やっても報われなかったら、場所を変えてもいいんだ』という時代です。ブラック企業も多く、そこから逃げずに頑張りすぎると追い詰められてしまう。『なつぞら』は戦後すぐの物語ですが、現代の価値観もしっかり取り入れています」
この言葉に涙するなつに、再び泰樹が力強く語りかける。
《お前はこの数日本当によく働いた。そのアイスクリームはお前の力で得たものだ。お前なら大丈夫だ。だから無理に笑うことはない。謝ることもない。お前は堂々としてろ。堂々とここで生きろ》
「なつは人の顔色を見て、ニコニコしてかわいがってもらったり、かわいそうと思われることで生きてきました。現代にも無理して笑って過ごす人がいるし、最近の朝ドラのメッセージも『つらい時こそ笑おう』というものが続きました。
でも泰樹は、『無理に笑わないで自分の感情を出しなさい』となつに伝える。つらい時はがまんしなくていいんだよという彼の優しさを感じます」(木俣さん)
泰樹の言葉は、叱咤激励だけでなく、端々に「未来への思いやり」を感じさせる。
「バターを作りをはじめる時、『なつのために作るんだ』と語り、土地の耕作についても『何年かかっても豊かな土地にする』と断言します。泰樹が常に“未来を担う子供たちのことを考えよう”と口にすることからは、少子化で未来を感じられない現代だからこそ、大人たちが子供のためを考えるべきじゃないかとのメッセージも感じます」(木俣さん)
自分のことではなく、なつや未来を担う子供たちのことを視界に入れた言葉だからこそ、泰樹のセリフは人々の胸に突き刺さるのかもしれない。
※女性セブン2019年5月2日号