映画、舞台、歌手と幅広く活躍し、大衆芸能分野で初めて文化勲章を受章(1991年)した名優・森繁久彌さん(享年96)は、晩年まで食欲旺盛な“グルメ”だった。森繁さんの次男である建さんが語る。
「父は肉が大好きで、とんカツならヒレではなくこってりしたロース派。亡くなった年の誕生日会でも赤飯にローストチキン、ピザやケーキなどを食べていました」
89才で心筋梗塞を発症し、90才を過ぎてから胆石でも入院するが、相変わらず食欲は衰えなかった。
「入院すると検査で4、5日食事ができなくなるので、父が怒るんですよ。それをなだめるのに往生しました。『あめ1つ食べちゃダメ?』と看護師に聞いていましたから」(建さん)
健啖家の様子が一変したのは、2009年7月だ。
「自宅で食事中、誤嚥したようで、せきが止まらず顔が真っ白になり、救急車を呼んだところ誤嚥性肺炎だと言われ、入院することになりました。肺炎の治療は、抗生物質と点滴で、その間は食事ができないんです。さらに、抗生物質の効きがよくないと、別の抗生物質に変えるので、食べられない期間が延びていきました。父は『お腹が空いた、ご飯にしよう』とよく口にしましたが、治る前に食事をするわけにもいきません。どんどん元気がなくなり、目に見えてやせていきました」(建さん)
誤嚥性肺炎は、飲食物が本来と違う気管を通じて肺に侵入し、細菌が繁殖して炎症を起こしてしまう病気だ。肺炎の中でも、高齢者の7割が誤嚥性肺炎だといわれている。
入院から2か月すると、森繁さんは口数が減り、車いすでの散歩もできなくなった。
そんな時、建さんは、医師から治療の選択肢として、「肩口を切開して点滴量を増やす」「胃ろう」「現状維持」のいずれかを選択するよう示された。
「肩口切開は麻酔の副作用の不安が大きすぎる。胃ろうでの延命は、もう『食べたい』と言わなくなってしまった父に対して、行う気持ちになれませんでした。結果、もうこれ以上何もせず、『現状維持』をすることを選びました。“諦めたのか”“見殺しにした”と思うかたもいるかもしれませんが、父は96才で、充分に人生をまっとうしたと思っています。勝手ながら、未練はないだろうと考えました」(建さん)
超高齢化が進む現在、終末期の患者が胃ろうなどの延命治療を選択するかどうかは大きな問題だ。あいクリニック中沢院長の亀谷学さんは「事前の意思確認」を強くすすめる。
「少しでも長生きしてほしいという家族の気持ちは理解しますが、『回復の見込みがないのなら延命処置は望みません』と本人の記録(=リビングウイル)が残されていれば、胃ろうなどは行いません。記録がなければ、“本人の意思を推察”するために、家族や治療者チームなどが何度も話し合うことが重要で、家族の願望だけで延命治療を選択するべきではありません」
※女性セブン2019年5月9・16日号